真光やめたら幸せになりました

真光抜けて十数年経ってようやく洗脳が解けました。

天津祝詞は存在しない?

天津祈言の元ネタを探して

天津祝詞」で検索すると、真光の「天津祈言」の元ネタらしきものがヒットします。
それをオリジナルと思いこんでしまい「アマツノリゴトじゃなくてアマツノリトが正しいですよ」という記事を書くつもりでした。

もはや脱会して随分経ちますから、真光的に「アマツノリト」なのか「アマツノリゴト」なのか忘れてきました*1
ネットで見つかる「天津祝詞」の文言は何パターンかありましたが、中にはカルトの勘が働くものもあって出典とするには難がありました。

「この代表的な祝詞くらい図書館で探せば見つかるだろう」と思い本を祝詞の4冊ほど借りてきました。
しかし「天津祝詞」という名前の祝詞がどの本にもありません*2

もしかして――

神道の世界に「天津祝詞」は存在しない?

では天津祝詞はどこから来たのでしょうか?
順を追って説明しましょう。

祝詞とは

神社本庁 | 祝詞について
まず祝詞とは、「祭で神に申す(ことば)*3

狭い意味では神職の方が神前で奏上するものです。
お祭りのときなどに自然の恩恵、日々生かされている感謝であったり、お願い事などを神様に対して読み上げます*4

一般の方が祝詞を唱えてはいけないなんてことはありません。
参拝のときには略拝詞(りゃくはいし)などを唱えます。

(はら)(たま)ひ清め給へ 守り給ひ(さきは)へ給へ」

言霊信仰

祝詞の背景にあるのが言霊(ことだま)信仰です。これは祝福の言葉を言えば幸福が来るし、悪い言葉を言えば不幸が起きるという思想です。
ゆえに祝詞は神様を盛んにほめたたえる言葉を使います。

ちなみに祝詞の初出は、古事記において天岩屋戸で天照大御神がお籠もりになったところで天児屋根命(あめのこやねのみこと)が「布刀詔戸言(ふとのりごと)」を申し上げたところです。これはノリゴトに美称の(ふと)をつけたものです。

日本書紀本文では、天照大御神が出てきた直接的なきっかけは天鈿女命(あめのうずめのみこと)の裸踊りですが、日本書紀の異説*5には「中臣の遠祖である天児屋命祝詞を読み上げられました。すると日神*6は磐戸を開けて出てこられました*7」とあります。


祝詞の読みはノリトですが、時代によってはノト、ノット、ノリトゴト、ノトゴトなどバリエーションがあります*8

*1:真光では天津祝詞ではなく天津祈言というのようですので訂正します。2017.9.24

*2:正確に言うと延喜式祝詞と現行の神社庁が定めたものの中にはないという意味です

*3:祝詞必携P8

祝詞必携

祝詞必携

*4:祭りの会場に集まった人々に聞かせるものもあります

*5:一書第二

*6:天照大御神のこと

*7:

神社検定公式テキスト10神話のおへそ「日本書紀」編

神社検定公式テキスト10神話のおへそ「日本書紀」編

P104より

*8:祝詞概説」西牟田 崇生編著 国書刊行会 昭和62年 P3

真光の元ネタ:恢弘(かいこう)

私も恢弘かいこうをやったことがあります。
恢弘とは地域の民家を回って真光を広める活動です。知り合いに出会ったらどうしようとひやひやしながら各戸を回ったものです。

うしおさんに話すと「ブラック企業とやり方が同じだね」と言われました。広めることそのものより恥をかかせること自体に意味があります。恥を捨てさせると言うことをよく聞くようになりますから。知らない人と名刺交換させたりするのと同じです。

さてこの恢弘という言葉の元ネタですが日本書紀神武天皇紀に「天業恢弘」という言葉が出てきます。
「天つ神から委ねられた事業を延べ広める」*1という意味です。

神日本磐余彦尊かむやまといわれびこのみこと神武天皇)は「瓊瓊杵尊ににぎのみこと以来の歴代が日向の地で施してきた恩沢は、未だ遠い国々には及んでいない。そこで天業恢弘のために東方の美しき土地に都をおこう」と東征を始めます。

*1:

神社検定公式テキスト10神話のおへそ「日本書紀」編

神社検定公式テキスト10神話のおへそ「日本書紀」編

P206

真光の元ネタは神道:注連縄

神社と言えば鳥居に注連縄。
真光は古来の宗教で縁起が良いものや清浄なものとされるものを否定していますが、しめ縄もその一つです。

正神が天の岩戸にお隠れになった時に、岩戸を縄で縛って出れないようにしたのがしめ縄の始まりだと初級研修会にて教えられる。

神道においては「そこが神聖な場所であることを示すもの」*1

日本書紀によると、素戔鳴尊(すさのおのみこと)の狼藉に怒った天照大神が天石窟(あめのいわや)に閉じこもり、出てきていただくために天鈿女命(あめのうずめのみこと)が踊ったりなんだりしました。
天照大神が外の様子をうかがったところを手力雄神(たじからおのかみ)が手を取り引き出し、中臣神と忌部神がしめなわを石窟に張り渡し「再びお戻りになりませんように」と申し上げました*2

真光では「天石窟から出ないように」、神道では天石窟から出てきた天照大神が「戻らないように」ですのでまったく逆です。

*1:

P132

*2:

神社検定公式テキスト10神話のおへそ「日本書紀」編

神社検定公式テキスト10神話のおへそ「日本書紀」編

P101-102

不幸と感謝

最近は昔の嫌なことばかり思い出します。
前職での理不尽ないじめのことや学生時代の友達のもめごとなど、あれやこれやと古~い記憶が次々と蘇ります。

なんだか精神状態がよくありません。
真光のせいかなぁ、体調の問題かなと悩みつつ神棚を拝んで報告しました。

ほんの数秒後にビビっと答えがきました。

今思い出すのは10年以上昔のことばかり。逆に言うとここ数年は大した不幸がないのです。毎日平穏無事に過ごしていられるとはなんとありがたいことでしょう。真光はこんなに大切なことを私に教えてくれました。だんだん素で真光に感謝ができるようになってきましたよ!

確かに去年は山に殺されかけましたが、「しょうがないな。勘が鋭くなったしおかげで真光をやめられていないのにも気づいたし、まあいっか」と思いました。急病になったのもいろいろ学びがありましたし。
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弱ると真光がつけ込んでくるのですが、最終的に私は勝ちますし、苦労したことからは学びが得られています。

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真光に対しては「面倒くさいな」とは思いますが、怒りや恨みはありません。

大変なことがあっても、心の傷にならないと言えばよいのでしょうか。思い出しても悲しくなったりつらくなったり怒りが沸いたりしませんね。死にかけたのに変な話です。

真光は親戚のおじさんみたいなものです。
顔を合わせると取りあえず説教しますけど、最後にお小遣いくれるタイプです。

雨の山に行くとスネた神様がガン飛ばしてくる

大自然

うしおさんと大自然満喫しに出かけました。
夏の盛りですが、天気は曇りで過ごしやすくなりそうです。

ランチを食べにカフェを目指してドライブ。その店のすぐ近くに鳥居がありました。
「あ、これあかんやつだ」
と二人で話しました。鳥居はそれなりの大きさがあるのですが見るからにご機嫌斜めな雰囲気です。注連縄は朽ちていて、田畑が周りにある割にはきちんとお祀りされていないようです。立派な鳥居の割には地図にすら載っていません。

カフェに無事到着。居心地がよく、店の方もやさしい方でした。
料理をのんびりと待つ間に本を手に取ると、遠い国のキリスト教徒の写真集でした。文化が独特すぎて、欧米のキリスト教とはイメージがかなり違いました。最近はキリスト教とのご縁を感じる流れだったので、「これも出会いかな」と思いました。

食事を終えて次はお寺を目指します
道の途中で歴史博物館の看板が目に入りました。
去年このあたりに来たときに、「ここに行きたいね」と話したのですがそのときは時間がなくて行き損ねたといういきさつがあります。
うしおさんが「後で行こう」と言いました。ずいぶん楽しみにしているようでした。

お寺に着きましたが、うしおさんがさっき昼ご飯を食べたお店に携帯電話を忘れてしまいました。私のスマホからお店に電話をかけて「後で取りに行きます」と話をしました。

眼病治癒の御利益があるお寺

寺に無事参拝してお礼を述べました。
看板にご祭神である戦国武将のエピソードが書かれており、目の病気に御利益があるそうです。ちなみにこの時点で謎のオートガードが発動しています。
地元の人にきちんと祀られているようで、安らかな感じがしました。ご朱印帳を持ってきましたがご朱印はいただけずちょっと残念。

ここら一帯はキャンプ場や釣りスポットがあるようなところなので、一日中山道を走っています。天気予報では雨が降らないと言っていましたがとうとう小雨が降り出しました。

雨の山というかなり悪い条件なので、「またうしおさんが呼ばれるかも知れないな」と頭の片隅にとどめておきました。晴れていると油断しますから逆によかったかも知れません。
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カフェで休憩

歩き回って疲れたので、近くの喫茶店に入ってすてきな時間を過ごしました。ちょっと高めでしたがゆったりとくつろげました。
ここで糖分とカフェインを摂って休んだのは、謎のオートガードが発動したからかしれません。

白い花が咲いている道をドライブし、歴史博物館を目指します。Google Mapsで調べたら違う名前の施設がヒットしたので、ちょっと嫌な気分になりました。名前からしてなんだかアレな感じが漂います。
ネットで検索し直したところ、通称名と正式名の違いだったので場所自体は合っており、安心して道案内に従って行きました。

乱暴な運転

安全運転のはずのうしおさんが、黄色信号なのにブレーキを踏まずに勢いよく左折し、曲がる瞬間には赤信号になってしまいました。
時間にはまったく余裕がありますし、後ろからあおられていたわけでもありません。急ぐ理由もないのに変だなと思ってうしおさんの顔を見ると「ついあせってしまいました」と言いました。
後から聞いたら、本人はこの発言を覚えていませんでした。話し方も丁寧語で、まるで他人と話しているようです。

博物館、閉店

観光シーズンだと言うのに施設はお休みでした。
「じゃあ帰ろうか」と思いきやうしおさんは奥に車を進めていきます。
駐車場の奥に行くと第二駐車場があり、その奥に古代の史跡があると看板に書かれています。車で入れるようですが、またもやギリギリ一台しか通れません。
事務所のようなものがありましたが、人気はありません。看板によると発掘調査の事務所でした。

史跡と嫌な予感

視界の開けた場所から林に入ります。
頭の中で悪い想像が働きます。「古代だから労働環境が悪くて死人も出ただろうなあ」「きっと事故もあっただろうなあ」「雨の中の山だし、これは呼ばれているんじゃないか」とか。

うしおさんに、「これは進んで大丈夫なの?」かと聞いたら大丈夫と答えました。
「もう戻れないし、Uターンもできないから行くしかないよね」
うしおさんはこの辺の会話はうろ覚えでした。思考停止して絶望的な気持ちだったそうです。

数十メートル進むと行き止まりなのか赤い線が見えました。行き止まりならこの狭い道をバックで戻らなければなりません。舗装された道をはずれるとガタっと段差があって危険です。
うしおさんがUターンできるか道を見てくると行って車を出ました。
雨の山でうしおさんを一人にするのは危険です。
去年の山の事件のときも、車を出なかったから助かった面があります。
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すぐに私も車から出てうしおさんを追いかけました。
看板を見るとまっすぐに進めないだけでT字路になっています。奥に行くと千人○○(よく見ていない)と書いてありました。
うしおさんはこちらを見て「切り返せるから戻れるよ」と言いました。
道幅がシビアでガードレールもないので、私が車の誘導をして無事に戻りました。雨に濡れるのを気にしている場合ではありません。

林から博物館前に戻る頃にはうしおさんが「やっぱり呼ばれていたよ。とても後ろ髪を引かれる。あの千人○○って書いてあるの、あれが境目だよ。人数が書いてあるのがもうやばいって理性が働いた」
やっぱり嫌な予感というのは信じた方がいいですね。ご朱印帳も持っていてよかったなぁと思いました。
「だから大丈夫かって確認したんだけどなあ」と私が聞くと、
「山に呼ばれたときには正気を失ってしまうから、これからはtenさんが判断してほしい」とうしおさんが言いました。
「まあ、今回は人間だから大したことないよ」
「たくましくなったねえ」
そういう時期だったので、寂しくて供養でもしてほしかったのでしょう。

携帯電話の罠

携帯電話を引き取りに昼ご飯を食べた店に再度行きます。
見慣れた道を戻り、うしおさんが「昔から携帯電話だけは一度も忘れたことがない。さっきの神様が呼んでたから、忘れ物させたんだよ」と言いました。
「今日はよく呼ばれるなぁ」と思いながらさきほどの神社の手前を通ると、なんだか雰囲気がむぉおーんと怒ってる感じが強くなっています。さっきは曇りでしたが今は雨が降っているせいでしょうか。

奥に何かがいる。暗さが異様に暗かったです。
「なんかさっきよりやばいね」と私が言うと、
「今目があった」
うしおさんがギャーと叫んでどうしたのか聞くと「目が刺すように痛い」と言いました。よく事故りませんでしたね。
この手の事件の時は「殺意はあるけど敵意や悪意はない(そもそも人間との倫理観を共有していない)」ものなのですが、今回は明確な悪意を感じたそうです。
「単なる通りすがりで関係ないのに、なんでこんなことになるんだ」というのは人間の考え方です。なんか悪いものがたまってるししょうがないんですよ。うしおさんが言うには元々あらぶってたわけでもないようですし、祀られないうちにおどろおどろしい感じになってしまったのでしょう。

お店で携帯電話を受け取って、神社を見ないようにして通り過ぎました。
目の御利益の寺をお参りしたおかげか帰り道に事故もありませんでした。

一日に人と神様と二度も呼ばれたので疲れました。
家に帰って神棚に祈ったり塩を額に擦り込んだりしました。

うしおの獣の槍の伝承者感

うしおさんの髪の毛が少し伸びて、全体的にボリュームが増えていました。
「久しぶりに伸びたね」、二人で笑ってうしおさんの写真を撮りました。守られてるからあんまり嫌な現象ではないそうです。
30分と経たずに元の状態に戻ったので更に爆笑しました。

ネットで史跡のことを調べたら何度も閉鎖された歴史があり、労働者が逃げ出したりあんまりろくな話が出てきませんでした。

史跡の怪は人間のことですから理由も理解できますし、大したことありません。「あんまり供養されてなくて寂しいんだろうなあ」というだけです。ちょっと背中が重いくらいで大きな被害はありません。

神様や人間以外の何かの方が、ルールが分からないので解決できず、頭の中がハテナで埋まって苦しくなります。

山はうしおさんにとって危険ですが、対策できて大事には至らずよかったです。事前にカフェで休憩したのがポイントで、糖分とカフェインが不足していたら冷静に判断できていなかったかもしれません。

戦国武将に「いつもありがとうございます」とお礼を申し上げ、「初めてなのに変かな」と思いましたが、よく考えたら近くに祀られていたので初対面でもありませんでした。明日はお参りしてお礼を言おうと思います。
やはり戦国武将ですから闘いの神様でもあり、勝てたのはご加護かなと思います。

「やれやれ、さんざんな目にあったなぁ」と思ったら何故か慢性病が直って顔色がよくなり、一緒に出かけていないうしおさんの母親の病気まで回復しました(ちなみに目の病気ではありません)。
ルールがよくわかりません。

うしおの霊感と神がかり

うしおと神道

うしおさんは神道の家で育ちましたが、「神社のいろは」に書いてあるようなことを教わったり習ったりしたわけではありません。

神社検定公式テキスト1『神社のいろは』

神社検定公式テキスト1『神社のいろは』

以前にもうしおさんは、山で殺されかけた事件の後、「あの神様は、人間がお願いをして岩に降りてきてもらった」と言っていました。
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神社のいろはによれば、

古代の人々は、神様は一つのところにいつもいらっしゃるわけではなく、お祭りなどのときにお呼びして来ていただくものと思っていました。そのとき、神様は美しい木々や岩などに宿られると考えられていたのです。
(P16)

あのGoogle Mapsが使える山の神様はもう過疎で祀られないわけですから「帰っていただくわけにはいかないのかな」とうしおさんに聞いたら「帰ってもらうならそういう儀式が必要だ」と言っていました。

いにしえの祭りも神様をお呼びして祭りが終わったら神様をお送りしたとあります。

記憶のないうしお

こういう話をしたときのうしおさんは自分の言ったことを覚えていません。だから私のブログの記事で自分の発言を読んで「うしおさんとは立派なお坊さんみたいなことを言う人だなあ」と完全に他人事のように思っています*1

神懸かりというと不思議な衣装を着た女性が不可解な動作をしたり、奇声を発したりするいかにもな様子を思い浮かべますよね。
うしおさんは「そういうのは嘘だよ、見た目は普通と変わらないよ」と言います。

うしおさんが自分の発言を覚えていないのに気づくのは私がブログを書き始めてからなのでかなり後になります。見た目は何も変わらないのです。
最近は慣れてきたので「この発言は覚えてないだろうな」というのが見当がつくようになりました。
しかし妹のことを「死体と話しているみたい」と言ったのはうしおさんは覚えていなくて「面白い表現だなあ」と言ってました。まだまだ霊感が働いているのに気づかないことありますね。それぐらいいつもと変わらないのです。

霊感が何の役に立つのかと言うと神社やお寺で神聖さを深く感じる点と、ヤバイ意味で呼ばれてるときは「ここやめとこう」と分かる点。
あとは真光の罠に気づく点ですね。
よくできた罠というのはかかったことにさえ気づかないものです。

さきほども母を遠くの神社に連れて行こうと思いつきました。まったくもってこれはよいアイディアだと自画自賛したものです。
母に連絡する前にうしおさんに報告しました。
「長い時間、密閉された空間に二人でいるのは危険」という判断で却下になりました。危ない危ない。

*1:LINEに自分の発言残ってるんですけどね。

真光の妹

信者の妹のことを語るのは大変に気が重いです。
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彼女の邪悪さは生まれつきのもので真光とはあまり関係ありません。むしろカタにはめて邪悪さを押さえている面があるので入信してる方がよいのです。

妹は本来なら教団内でバリバリ出世してるタイプです。
二代目におそらく似ていると思います。むしろ憑依しているのかもしれません。

妹には生まれつき人間らしい情動というものがありません。うしおさんも「死体と話してるみたいで何を考えているか分からない」と言っています。
犯罪者であっても感情や良心が0の人間はそうそういません。彼らなりの理屈やルールや正義があります。それすらないのです。

共感能力がなく、人を傷つけることに罪悪感がありませんが外面だけはよいのです。人を駒のように扱いますし、夫は奴隷です。

関係が浅いうちは魅力的に見えます。社交能力は高く友達も多いです。これがよい人ばかりで、今思えば騙されやすいのでしょうね。

子供の時も、親や祖父母が「二人で使うように」とくれたおもちゃなどは一人で独占するのは当たり前。私が買ってきたゲームも取り上げて妹が先に遊び始めます。

支配的な妹のトラウマで、私は女性恐怖症です。

女性が怖いうちは、私は呪われています。だいぶましになったとは言え、職場の女性を避けてビビっていました。話してみると案外自分は嫌われたりバカにされていないことがわかり、逆に好かれていることが分かりました。

恐怖が消えたら囚われなくなります。妹から解放されるまで、もう少しです。