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真光やめたら幸せになりました

真光抜けて十数年経ってようやく洗脳が解けました。

真光の罠:教義批判

真光の罠
真光小咄。

Cさんは真光批判サイトを立ち上げました。
真光の教えを丹念に調べ、元ネタが何なのかをまとめて記事にしました。真光の教えにオリジナリティというものはなく、パクリだコピペだという結論になりました。

そんなサイトの内容に真光の神とされるものはたいそう安心して胸を撫でろしました。

真光の罠

巧妙な罠というものは、かかったことにすら気づかないものです。そういう騙す能力に関しては、うしおさんは真光を高く評価しています。

さてこの小咄では何が悪かったのでしょうか?
真光の教えがパクリかどうかというのはもはやどうでもいいことなのです。単に嘘ついたなという程度で終わりです。
だいたいオリジナリティなんて重要な事柄なんでしょうか? 伝統宗教にある程度の独自性はありますが、どこにもない教えなんか誰も求めていません。
オリジナリティのある教えというのはエキセントリック、非常識な教えです。

オリジナルかパクリかという点にばかり注目してしまうと一番肝心なことが抜け落ちてしまいます。

大切なことは「その教えは正しい教えなのか?」言い換えれば「何を目的としているのか?」ということです。
真光はむしろ批判者たちがパクリ論争に時間や手間を浪費することを望んでいます。教えの意図や目的に注目されたくないですからね。

unlearn-mahikari.hateblo.jp
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伊勢神宮

信仰 カルトの見分け方 真光の正しい倒し方

一生に一度は行きたいお伊勢様にやっと来れました。
伊勢市には街は景観を守るための規制があり、地味な風景ですがゴミ一つ落ちていません。もう街全体が神聖な感じがします。人々もとても優しくて親切です。

しきたり通りに最初は外宮さん(豊受大神宮)に行きました。
直接見れないんだなぁと思いながら参拝。神職の方も明るくはきはきとご挨拶していました。
御朱印をいただき、全ページを使い切ったので新しい御朱印帳をいただくことにしました。
神主さんがちょっとばつの悪いような顔をして、御朱印帳だけをいただくのはできなくて、御朱印を受けないといけないのだと説明されまし。ここからスタートするという意味があるそうです。
御朱印代がもったいないという気持ちも特に浮かばず拝受しました。

うしおさんはお友達から伊勢神宮の御朱印帳をもらっていたので、これでやっとお揃いです。後で巾着がないことを思い出して別の社務所でいただきました。

ちなみに外宮さんに参拝した後は、しばらく食運がよくなっておいしいものを食べる機会が増えました。
その後は消化器系の病気になりましたが、悪いことだとはとらえていません。

私は昔から頑丈であまり大病にかかることがありませんでした。それはいいことばかりではありません。一病息災といって病気の一つでもある方が、身体を大事にしたり病院にすぐかかるようになります。
健康な人というのは自分の身体を過信してなかなか病院に行かず、手遅れになる場合があります。

医療否定という昔からの悪い膿を出して、きちんと医療にかかり自分の身体をいたわることを覚える年だと思っています。

外宮さん的にも、このあと色々あるから今のうちにおいしいもの食べてね、ということだったのかなあと思いました。

さてさて今度は天照大御神様をお祭りする内宮(皇大神宮)へ。

中に入るととても空気がきれいで美しい空間です。真光にはない清らかさがあります。
やっと参拝できて真光を完全にやめられますようになどとお祈りしました。すがすがしくなりました。

帰ってきてからはうしおさんの勘がするどくなりました。
私はより真光のカルト性について深く考えるようになりました。何もかも運がよくなりました。

真光が避けるもの3 先祖崇拝

真光が避けるもの 真光の罠 信仰

日本は先祖崇拝が当たり前のものとなっています。ここを悪用して真光は「先祖の祟り」だの「戒告現象」だの「先祖祀りしないと不幸になる」と脅してきます。

しかし実際に真光がやらせるのは先祖との断絶です。

普通はお彼岸やお盆などには墓参りをするものですが、真光は墓を軽視しています。(教えが改竄されていなければ)初級研修では真光式の仏壇があるから墓参りはなくてもいいかのようなことを言います。
私の実感では、墓参りするとけっこう喜ばれますね。

亡くなった人の写真を飾るなと真光は言います。先祖はあの世で執着を取る修行をしているんだ、愛した家族の顔すらも忘れてしまうんだと言います。

忘れないといけないのなら、先祖祀りそのものが必要ないですよね。執着を取る割には食事は「生きている人間と同じものを出せ」と言い、タバコやほ乳瓶に入れたミルクまで供えさせます。食の執着はあっていいの?

神棚や仏壇もごはんや水、果物やお菓子など、故人の好物を供えることはありますが、食事形式は聞いたことがありません(地方や宗派の習慣なら問題ないでしょう)。

仏壇に向かうときに亡くなった親や祖父母など身近な方を思い浮かべたり、遠いご先祖に感謝したりしますよね。
亡くなった方に嬉しいことや悲しいことを報告することもあるでしょう。そうやって亡くなった方と対話をします。
仏壇に写真でもあれば、我が子に「これがあなたのひいおじいちゃんよ」とでも話すでしょう。子供も曽祖父がどんな人だったか聞くかもしれません。そうやって会話が生まれ心を通わせます。

愛情を「執着」と呼んで避ける真光式の仏壇ではこういう心の交流ができません。
確かにお釈迦様は愛情すら捨てましたが、真光が言うのとはまったく違う次元の話です。

先祖を敬ったり手を合わせて祈ることを真光は嫌がるのです。もちろんそれがよいことだからです。

仏様に助けられた話

真光との攻防 真光の正しい倒し方 信仰

買い物に出かけて、最初の予定とは違うスーパーに行きました。
うしおさんがレジに並びます。人が並んでいたので「時間がかかりそうだな」と思って私は違う階の店に行きました。
私は片時もうしおさんから離れたくないのですから、これは不思議なことです。

うしおさんは荷物もあるし疲れているから「ここで待ってるね」と言いました。しかし私が時間がかかったせいなのか、すぐに私のいる店に来ました。

買いものをすませた後は腹ごしらえです。うしおさんの提案でお好み焼き屋に行きました。開店するとすぐに満席になるような人気店で少し待ちました。

その店は仏教にちなんだ名前が付いています。そのことを特に意識したことはなかったのですが、敷地内の隅に石碑があり、お地蔵様のようなものがありました。この店の名前の由来はこのお地蔵様のようでした。うしおさんが言うには、このときお地蔵様が私のことをガン見していたそうです。
この店が繁盛しているのも、彼らが信心深くお祀りしているからなのでしょう。お店の方も人柄がよくてきぱきと仕事をしていまし。もちろんおいしいです。

私は家に帰ってから額がムズムズするので清め塩をしました。昨日の妹のことかなぁ、変だなぁとは思っていました。そんなに妹のパワーは強いんだろうか? 一晩経ったのに?

うしおさんは熱を出しました。風邪かな? 昨日は妹からのメッセージでごたごたしてたし相談に乗ってくれたとばっちりかな? 熱っぽいのとカルトのダメージって似てるんですよね。

すっかり忘れていました。今日買い物をしたスーパーのレジにはあのカルトの女性がいます。
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カルトの念を持ち込んだせいか、お好み焼き屋のお地蔵さんが追い払ってくださったようです。
一応顔は覚えていますから、うしおさんはもちろん並ばないようにはしていました。でも今回は大きなマスクをしていて分からなかったんですよね。
うしおさんは「この人はなんか顔が黒いなあ」と思っていましたが、前回と同じ女性とは気づいていませんでした。またも不意打ち攻撃です。

別にこの女性自身が悪いわけではありません。彼女が攻撃しようと思ってやっていることではないからです。ただ真光が、マスクしたらわかんないだろうと仕掛けてきたことです。うしおさんは疲れているから私の帰りを待つつもりでしたが、そこにいるのは居心地が悪くて私のいる場所まできたのでした。

翌日になっても体調が悪かったです。ダメージが大きすぎます。レジ打ちですから、食べ物などを触ったわけですよねえ。手かざしをするその手で。

うしおさんが言うには母がやめそうなので真光がものすごくあせってるそうです。
「こちらは苦しいけれど、そのときは相手も苦しいんだよ」と。

ちなみにお地蔵さんのお店からの帰り道においしいケーキ屋を見つけました。小麦粉つながりなの?
ひどい目にあったからこれ食べて元気出してねというメッセージを感じました。

信者の妹

真光との攻防

妹から久し振りにLINEが来て「会わないか」と誘ってきます。この流れは絶対に行ったらダメなやつだなあと思い断りました。

たった二回のLINEのやりとりで疲れてその日は早く寝ました。あんな単文でこれだけダメージが与えられるってどんだけ邪悪なパワーなんでしょう。

母の心が真光から離れていることに気づいたのでしょう。妹は危機感を感じて私を取り込もうとしています。

二代目が死んでからしばらく経って信者も冷静になり始めた頃です。三代目はあまり求心力がないらしいので、母の洗脳が解け始めたのかもしれません。
二代目は批判サイトを歯牙にもかけませんでした。そんなもので揺らぐような弱い霊力ではありません。

信者が減っても残ることで、妹はますます選民思想を強めています。
妹には二代目がとり憑いているのではないかと思うことがあります。三代目があんな感じなので四代目を探しているのかもしれません。
二代目が死んでからもっと妹のパワーが強くなっていることを感じます。

真光の罠:洗脳から覚めた

真光が避けるもの 真光の罠

真光小咄2。

二世組み手のB子さんは、元々熱心ではない信者です。親に言われていやいや真光隊に参加したり、本山に行かされたりしていました。
道場で嫌なことが続き、ふとした思いつきから手元のスマホで真光のことを検索しました。

Yahoo!知恵袋を見ているうちに自分が騙されていることに気づきました。

B子さんの心の中は怒りで満ちました。
真光尽くしの家庭に笑いはなく、お金も時間も奪われていました。マンガやゲーム、テレビの話題を友達と共有できず、学校ではいじめられることもありました。真光以外のことを知らないのでなりたい職業も思いつかず、進学費用は親が真光に奉納してしまいました。

「こんなに不幸なのは真光のせいよ! 真光が全部悪い。こんなものに入れた両親なんか大嫌い! 二度と顔も見たくない」

オミタマを投げ捨てました。それからは毎日親に悪態をつくようになりました。
家族間の憎しみがこじれていく様を見て、真光の神とされるものは満足そうに笑うのでした。愛を嫌い憎しみを主食とする邪な神の姿がそこにあります。

真光の罠:おみたま返しました

真光の正しい倒し方 真光の罠

真光小咄。

母親の意思で二世信者となったA子さん。
A子さんは都会で就職し、やがて恋をして結婚することになりました。夫となる男性は真光によい顔をしませんでしたが、家族を巻き込まないことを約束してめでたくゴールイン。

信者ではない男性と暮らしているうちに、A子さんは真光に疑問を感じるようになりました。
ネットで検索しているうちに批判サイトに行き当たり、教祖の経歴や教団の分裂問題、教義のでたらめさについての記事を貪るように読みました。

「インチキ宗教じゃないの」と気づいたA子さんはさっさと教団に退会届けを出し、オミタマは燃えないゴミに捨てました。

「真光やめた! せいせいしたわ」

そしてA子さんはまた楽しく日常生活を送りましたとさ。
真光の神とされるものは、そんなA子さんを見てほくそ笑みました。

第一の罠

「オミタマ返してハイ終了」ではありません。私はこれを10年以上勘違いしていました。
真光がねじ曲げた教えや、人生の考え方を植え付けているので、それを一つずつ検証し、誤りを正していかなければなりません。
自分の中に染み着いた真光を追い出し終わってようやく真の意味での脱会が完了するのです。