真光やめたら幸せになりました

真光やめるほどじゃないけど、ちょっと疲れたな。そんなときは一息つきましょう。無理にやめなくてもいいんですよ。

飾りじゃないのよ教祖は

あほ面教祖と言われて

当ブログでもカリスマが足りないとか、顔に締まりがないなどとクサしてきた三代目。

人口減によって神社ですら40%がなくなり、寺や大手新宗教も盤石ではない未来が見える中、果たして彼は無事教団を運営していくことが出来るのでしょうか?
教団にとっては今の方がよっぽど「経営が火の洗礼」と感じてるかもしれません。

真光の正式な信者数は分かりませんが、まだそれなりに人数がいるでしょう。
知ってたら誰か教えてください。

真光は老舗

起業しても10年以内に9割が倒産すると言われている中、真光は60年も続いています。
分派した1978年で起算しても41年です。企業としては老舗と言えるでしょう*1

真光は教祖への人物崇拝が強いように見えます。
しかし、代替わりを経て長続きしているということは、組織として運営が出来ているということです。

教団の顔である教祖が有能である必要はありません。有能な部下を抱えることができればよいのです。
教祖のことばかり見て、真光が組織であるということを忘れてはいけません。

飾りでいいのよ教祖は

彼の周りには、2代目を支えてきた優秀な幹部達がまだ残っているでしょう。
彼らにとって崇拝の対象はあくまでも2代目です。
新しい有能な教祖など必要ありません。無能の方がむしろ都合がいいのです。

スケープゴート

真光の特徴としてスケープゴートを利用することが挙げられます。
例えば2代目は初代をスケープゴートにしました。
崇教真光創始者は2代目恵珠氏であり、彼女が育て上げた教団です。
しかし分派前の光玉氏が批判対象の中心となっていました。

今は三代目自身がスケープゴートとなっているのです。

院政

3代目を名目上は教祖にして矢面に立たせ、その実質は自分たちの思いのままに動かす。
実態は院政や傀儡政権と呼ばれる状態でしょう。

3代目をバカにしても憎しみは真光を利するだけ。
ただのお飾りであり、動かしているのは周りの人間達なのですから。

*1:ここに脚注を書きます www.tsr-net.co.jp

【神社検定のコツ】ノートにまとめるな

ノートを取るという呪縛

学校の授業は板書が基本です。
ノートをきちんと取っているか、先生にチェックされたことありますよね。
してない人はよく怒られていたものです。

しかし資格試験では、この「勉強=ノートにまとめる」という常識が足を引っ張ります。

ノートにまとめるのはただのムダ

必要なことは全部教科書に書いてあるので、ノートに書くこと自体がムダです。
教科書にはラインを引いて、余白にちょっと書き込みでもすれば十分です*1

ノートの弊害

最大の弊害は、勉強したような気になってしまうこと。

ノートにまとめること自体が目的になってしまい、肝心の勉強がおろそかになることがあります。
むずかしく言うと「手段の目的化」です。

きれいなノートに意味はない

多色ペンを使い分けてカラフルにしたり、きれいにまとめている方もいます*2
もはやきれいなノートを作ること自体が目的になっていませんか?

理解して、覚えるためにノートを使うのです*3

そもそも教科書を読んだだけで、要点がどこか分かりますか?*4
授業と違い、先生が解説したり、ポイントを教えてくれたりするわけではありません。
これではまとめようがありません。

基本は問題集

本当に大事なところは、過去問で出題された部分です。
何も分からなくても問題集を解いて、教科書にマーカーを引くのです。

そして間違えたところはさらっと要点をまとめます。
ここで初めてノートが必要になります。

私が実際にノートに書いたのは

釈日本紀 しゃくにほんぎ-卜部兼方 日本紀の家」
「三枝祭-大神氏」

という程度です。色ペンは使いません。

似たもの同士は比較してまとめましょう。
斎院と斎王、多賀大社伊弉諾神宮あたりは最後までなかなか覚えられませんでした。

教科書にはいらないことも書いてある

教科書には重要度の濃淡があります。
本当に要点だけ書いたら、単語の羅列や箇条書きだらけになってしまい、内容が理解できません。

例えば弐級の「神社のいろは 続」には歴史や仏教の解説も書いてあります。
それがないと理解できないからです。

しかしあくまでも神社検定は正式名称の通り「神道文化検定」なのです。
神道と仏教との関係」は非常に重要ですが、「仏教そのもの」の試験ではありません。
神道の歴史」がテーマであって、「歴史」の試験でもありません。

目的が何かを忘れると無意味な勉強をして時間を浪費します*5
基本を押さえましょう。

unlearn-mahikari.hateblo.jp
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*1:というと教科書の余白にびっしり書き込んで、教科書をノートにしてしまう人もいるそうです。違う、そうじゃない

*2:女性に多い印象があります

*3:東大生のノートは美しいなんて書籍がヒットしたのもよくなかった。

*4:

*5:無意味にサブテキストを増やすとか

【書籍】神社本庁とは何かー「安倍政権の黒幕」と呼ばれて

神社本庁は安倍政権を操っている?

神社本庁とは何かー「安倍政権の黒幕」と呼ばれて

神社本庁とは何かー「安倍政権の黒幕」と呼ばれて

日本会議黒幕論のついでに、秘密結社のように思われつつある神社本庁についての本です。
著者の著者の小川 寛大氏は季刊「宗教問題」編集長を務める宗教ジャーナリスト。
宗教問題 24:宗教界からの#MeToo

宗教問題 24:宗教界からの#MeToo

神社本庁は実際にはどんな業務を担っているのか、神社本庁と各神社はどのような関係なのか、などの説明がわかりやすく書かれています。

神主はくわん主(食わん主)

公開されたデータを元に、神道界は儲からないどころかワープアであり、他の新宗教や仏教ですら安泰とは遠い状況だそうです。
神社本庁は組織としてのまとまりもなく、当然何かを操るような力はありません。

神仏習合の実態

さて、中盤の神道史は、神社検定弐級に合格したおかげで内容がよく理解できました。
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神仏習合とは

神道が仏教に取り込まれた姿」(P66)

という下りはなかなか衝撃的で、「本地垂迹ほんじすいじゃく*1」の捉え方が変わりました。
その反発が幕末の国学の興りにつながり、神仏判然令が過激な廃仏毀釈に変貌していったんだなあ、とまた理解が深まりました。

知られざる国家神道の実態

よく批判の対象となる国家神道も、江戸時代の時点で組織力も金もなく「伊藤博文ら明治政府のリーダーは、神道の価値をあまり認めていなかった」(P81)とばっさり。

これは単なる非難や悪口の本ではありません。
神社本庁は本業に取り組め」(P189)という批判には神道への愛情を感じました。

陰謀論は売れる


みんな、つまんない真実より面白い嘘がほしいんですよ。
だからカルトはなくなりません。

*1:仏様こそが神道の神様の本当の姿という説。詳しくは unlearn-mahikari.hateblo.jp

【神社検定のコツ】テーマは何かを見極める

テーマは大事

受験要項にテーマが書いてありますので、これは必ず確認しましょう。
意外と基本的なことは忘れてしまいます。

例えば2017年の参級の指定テキストは「神話のおへそ『日本書紀』編」でしたが、出題範囲は第1章から3章までと明確にされています。
手元に資料は残っていませんが、テーマは「神社の基礎と神話」だったかと思います。

第4章は「『日本書紀』が伝える歴代天皇の事跡」で重要なエピソードはあるものの神話要素は薄く、どちらかというと歴史です。
5章は「歴史の中の『日本書紀』」なので神話要素は0です。

弐級あたりからは「今回のテーマは何かな?」と考えながら勉強するのがお勧めです。

そういう意味では、皇室は早めにざっくり読んでおくといいですよ。
お値段はかなりしますが、図書館に置いていることが多いです。

神社検定公式テキスト10『神話のおへそ『日本書紀』編』

神社検定公式テキスト10『神話のおへそ『日本書紀』編』

unlearn-mahikari.hateblo.jp
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弓神事と平常心

弓矢で五穀豊穣

先日お参りした神社で弓神事が行われました。
五穀豊穣を祈願したり、農作物のできを占ったりするそうです。

弓道自体は特に関心はなかったのですが、お祭りですから見てきました。
意外にも人は多く、隙間からのぞくのがやっとです。

着物に袴姿の老若男女。男性は左肩を出し、女性はたすき掛けをして準備。
神様の前で演武するだけあって、大会などで結構な成績を収めてる方々です。

一意専心に狙いを定める姿は美しいものです。
最初は若い方が的を射り、当たるたびに歓声と拍手があがります。

心の乱れ

最後から2番目の中年男性は2回連続で外してしまいました。
見に来ていた子供たちは退屈してしまったようで、不満を言い始めました。近い距離なのでご本人にも聞こえていたはずです。

アナウンスで間をつないだり、周りの人が心配して声をかけたりしていました。
うしおさんは「ああやって気を遣われると逆に惨めになる」と言っていました。

精神が乱れてしまったのか、その後も矢が当たることはありませんでした。

最後から2番目ですので、本来なら彼はかなりの腕前のはず。
それでも、ああなってしまう。
心が乱れるとは恐ろしいものです。

か弱そうなおばあちゃん

最後は小柄でかなりご高齢のおばあさんでした。
「こんな弱そうなおばあちゃんがしんがり?」
と思いきや鋭い殺気をたぎらせていました。試合中の伊調馨みたいな感じですね。

こんな乱れた雰囲気の中、相当やりづらいはずなのに、彼女の心にはさざ波一つありません。
紛うことなき武人。迷いのない姿でした。

桁外れのスピードで放たれた矢は、ズドーンと的を射ました。
まるで特殊効果バリバリの映画でも見ているようです。この迫力は実際に見ないと分からないでしょう。
あんな豪傑のおばあちゃんを見たのは初めてです。

彼女は打ち割られた的を見て喜ぶそぶりもなく、拍手に満たされた中、何事もなかったように礼をして去って行きました。*1

あのおばあちゃんの心の強さを見習いたいものです。

*1:武道は詳しくないのですが、剣道などは試合に勝っても喜んではいけないと聞いた事があります。

ぐるぐる鳥居

暴れる鳥居

変な夢を見ました。暗闇の中で鳥居がぐるぐると高速で回っているのです。まるで苦しんで暴れているようにも見えました。
目が覚めて、うしおさんにそのことを話しました。
「何かご祭神様に対して無礼を働いてしまったかな?」とその日の出来事を思い返し始めます。

親しまれるご祭神

その日はある神社に参拝しました。
例によってGoogle Mapsで少し離れた場所についてしまったので住人の方に道を尋ねました。
「あら、○○(神社名)さんはあちらの方よ」
道が細かったので、車が切り返しできるように誘導してもらいました。
このあたりの方は人柄もよく、ご祭神様も親しまれているのだなとわかりました。

無事たどり着き、鳥居を通るとその美しさに思わず声を上げました。
戦国武将なので規律正しい雰囲気はありますが、それ以上に温和でした。人々に敬われている理由がよく分かりました。

参拝後には、宝物館に行って当時を語る調度品や絵巻物を拝見。
生前は人間の鑑のような方だったそうです。

違和感

宝物館から社務所への帰り道に、本来あるはずのないものがいくつかありました。
手が足りなくて片付けていないというようでもなく、違和感があります。
社務所に行くと、その中は薄暗く、神主さんの後ろにいた女性の顔は疲労を浮かべていました。
ご祭神様を描いた絵を蛍光灯が暗く照らしています。

神主の独演会

神主さんからお作法について注意を受けました。
最初は「作法に厳しい方だなぁ。でもさすが本職だけあって詳しいな」と興味深く聞いていました。
ただ話が相当長くて疲れてしまい、中には「本当にそんなマナーあるの?」と思うようなことも。

神職として絶対に言ってはならない言葉も言われました。
神社でこんなに不愉快な思いをするのは初めてです。

あまり知らない神様なので色々と説明してほしかったのですが、一言も触れられませんでした。
神主さんに対して最も違和感があったのがこの点で、ご祭神様への敬意どころか興味すら感じられなかったことです。

ご祭神様が大好きで、語り出すと止まらないような神主さんもいらっしゃるので、十人十色ですね。

あんなに立派なご祭神様のご神徳をもってしても、彼の性格を変えることはできないのです。

いただいたパンフレットを読むと、ご祭神様の人生が熱のこもった筆致で書かれていました。
社務所の奥にいた女性の、心労の理由を察しました。

なぜ鳥居は暴れているのか

うしおさんが言うには「立派なご祭神様と、小物の神主さんが同じ空間にいるからねじれてる。それで鳥居がじたばたしてる。ご祭神様は、神主の態度に怒るようなお方ではない。ただ地域住民や参拝者が嫌な思いをしたり、足が遠のいたりすることには心を痛めている」だそうです。

そこから何を学ぶのか?

今回は自分が呼ばれた神社であり、あのような不愉快な態度も、神様がわざわざ見せてくださったような気がします。
それは違うんじゃないかなと思っても反論はせず、筋が通っていると思うことは素直に従いました。

正面衝突だけが戦い方ではないのです。