真光やめたら幸せになりました

真光やめるほどじゃないけど、ちょっと疲れたな。そんなときは一息つきましょう。無理にやめなくてもいいんですよ。

山神案件「お稲荷さん編」

お稲荷さんにお参りしてきました。
inari.jp

稲荷神社

日本で最も多く祀られているのがお稲荷様だと言われています。
主なご祭神様は「宇迦之御魂大神うかのみたまのおおかみ様」「保食うけもち神様」「御食津みけつ神様」
「ウカ」「ウケ」などは食べ物を意味します。

「稲生り」「稲成り」と稲作や農業の神様ですが、商工業が栄えると商売繁盛の神様としても崇敬されるようになりました*1
山の神様は春になると降りてきて田の神様になり、秋の収穫が終わると山にお戻りになって山神様になります。

そう、数年ぶりの山神様案件なのです。
unlearn-mahikari.hateblo.jp
うしおよ、何回山に吸い込まれそうになるんだ。

キツネは春になると山から人里に現れるので、山の神様・田の神様であるお稲荷さんの使いとして神聖視されるようになったそうです。
赤い鳥居に狐とビジュアルが分かりやすいせいか、外国人が思い描く神社と言えばお稲荷さんとなっています。

www.youtube.com

参拝を決めたら、やたらとキツネが目に入る事が多かったですね。
https://www.amazon.co.jp/%E7%87%83%E3%81%88%E3%82%88%E5%89%A3-%E5%B2%A1%E7%94%B0%E5%87%86%E4%B8%80/dp/B09WDLB58Zwww.amazon.co.jp
こういう「予告」があると、
「またうしおさんは山に吸い込まれそうになるな、絶対」と嫌な予感がするものです。
うしおさんもそれは認めていました。

「キツネさんもtenさんを呼んでる。それはいいやつだから」
と早くも何かを受信していました。

先に教会に寄ってから坂道を上って神社に行きました。
unlearn-mahikari.hateblo.jp
これもちょっとした保険のつもりです。

礼儀知らずのやり直し

駐車場に着いて車から降りると、圧を感じました。
のぼり旗や鳥居が沢山あり、有名な企業の名で奉納されていました。

大昔ここに来たことがあり、「確かお揚げを買ってお供えするんだったかな」と思い出しました。

本殿前に来て、奉納された大量のお揚げを見てから買い忘れに気づいて買いに戻りました。
こういうちょっとしたなまけ心に厳しいのが武家の風土なのでしょう。

拝殿にてお揚げを献饌けんせんしました。
お揚げにはロウソクとマッチが着いてきたのですが、賽銭箱の近くには燭台が見つけられず、他の人と同じようにそのまま奉納しました。

うしおからは「縁切で有名な神社」と聞いていたので縁切りしたいことをお願いしました(由来書にそんなことは書いてませんでした)。
「色々と悪いところを改めて、よりよく生きられるように。弱い自分にさよならしてもっと強くなりたい」
と祈りました。

山神様は女神様

社務所御朱印を頂き、いくつかの摂社を参拝しました。
摂社本殿の裏にも別のお社があり、神社検定壱級の時に知った言葉が書いてありました。
「変わったお名前の神様だな」と思いつつ、案内の矢印の通りに行きました。

予想通り小さな古い祠がありました。
元々の祠の前に本殿を建立するタイプ、時々ありますね。
unlearn-mahikari.hateblo.jp
祠の横には燭台があり、一つだけ献灯されていました。

(ここでロウソクをお供えしたらよかったのか。さっきお揚げと一緒にロウソクも納めてしまった)

お揚げを納める穴がありましたが、二人とも一つしか買っていなかったので、賽銭を少しはずんでお祈りしました。
終わるとうしおは苦しそうに頭を抱えていました。

「どうしたの」と言うと「頭がおかしくなりそうだ」と言いました。
(え、ここで?)
有名な神社で参拝者も多いのに、今は二人きり。条件は揃っています。
事態が飲み込めないまま、慌てて摂社から逃げ出しました。
「キツネさんが怒ってじーっと睨んでいた。ぐるぐるする」
「あのままあそこにいたら、取り憑かれてしまっていた。死ぬわけではないが、人格が破壊されたまま山を降りることになる」
また「物理的に死んでないけど魂がどっかに持って行かれるパターン」になるらしい。
unlearn-mahikari.hateblo.jp
「これは狐というより山神案件。狐は山と一体化した山神様だから、山から降りて着いてくるわけではない。
だからいわゆる狐憑きとされているものはニセモノ」
「ご利益はあるしパワーを感じたが、取扱注意。
tenさんに悪い影響はないからお縋りしても大丈夫」
「ここのお稲荷さんは呼んでるけど、伏見稲荷は特に呼んでいない(伏見稲荷から勧請されたご分霊です)」
「危ない力だから裏に押し込めてる」
「危険を感じたから、tenさんと手をつないで行った」
「ロウソクには意味がある。人間は火を怖がらない。ロウソクが一つも点いていなかったら危なかった」
帰りにご祭神様を確認し、女神様だと分かりました。

なんで山神様怒ってしまうん?

宿に戻って山神様お怒りの理由を議題に会議をしました。
「お揚げもロウソクもを納めてないから」
「みんなが大きな本殿ばかり参拝してここに来ないから」
家に戻ってから確認したら、この小さな末社とその裏の祠を最初にお参りする決まりになっていました。
駐車場から入ったので目につく大きな本殿に行きましたが、本来は千本鳥居のある参道から行くと、この摂社が目の前にあるのです。

「知らなかった。初見殺しだね」
うしおも今ではそんな軽口を叩いています。

学びの旅

「有名な神社に行くより、地元の神様に足繁くお参りする方がいいよ」
という考え方自体は変わっておりませんが、たまには旅先で寺社巡りもいいものです。

うしおが言うには「旅行が久しぶりだから、神様も言いたいことが大分貯まっていた」

日常を離れてこそ自分を見つめ直すことができます。
少なくとも私は地元から遠く離れないと内省がむずかしいようです。
禅寺や教会にて己のことを反省できました。

unlearn-mahikari.hateblo.jp
unlearn-mahikari.hateblo.jp
unlearn-mahikari.hateblo.jp
unlearn-mahikari.hateblo.jp
unlearn-mahikari.hateblo.jp
unlearn-mahikari.hateblo.jp

聖地巡礼、キリストの受難編

2023年は受難続き

昨年はあまりうまくいかないことが多く、様々なものを失いました。
信頼、金銭、健康。

「旅行をやめたのが原因ではないか?」
と思い至りました。
普段から地元の氏神様に参拝しているのですが、それだけでは足りませんでした。

地元から遠く離れないと、私は自分を見つめ直すことが出来なかったのです。

信仰の深い土地

かつての城下町は閑として、観光客も少なく大人しいものです。

小さな神社、道路脇の祠、個人宅の小さな祠。
すべてが丁寧に祀られており、町全体が信仰深い土地柄のようです。

神社では代々の藩主がご祭神様として祀られ、ずいぶん領民に慕われていたようです。
見知らぬ旅人にまで挨拶するような、礼儀正しい方々でした。

マリア観音を求めて

歩いて回れるくらいの小さな町並みに、キリスト教会が何軒かありました。
山間の教会が目的地でしたが、その前に別の教会にも寄り道しました。

敷地内にはちょっとした歴史博物館があり、メダイや書籍、手作り雑貨などが売られていました。
「お目当ての教会で買えばいいか」
と思っていたら、うしおが
「山の上の教会にお土産売り場はないから、ほしいものはここで買いなさい」
と言いました。
「山の上の不便そうな場所だし、土産物屋などという観光地らしいお店はないかもしれない。
教会についての歴史博物館がわざわざ麓にあるのだから、現地にはないだろう」と考えたようです。

後から思うとマリア様からの伝言だったのかなと。
買い物という細かいところが女性らしい気遣いです。

ちなみに教会以外の土産物屋も「代金はここに入れてください」という無人販売
形式だったので治安がよさそうでした。

教会内は誰もおらず、キリストの受難――イエスが十字架を背負い歩き、処刑されるまでを描いた絵画が飾られていました。

山の上の教会

手すりはあるものの、道は整備されていませんでした。
「財布と携帯以外置いてくればよかった」
きつい上り坂を中程まで上る頃には息を切らし、どうしてこんな重いカバンのまま上ってしまったのかと後悔しました。
視界の半分は山肌に覆われ、残りの半分は柵もない崖。

落ち葉は掃き清められており、人のいた残り香がありました。

登り切ると石碑があり、雨水を布で拭き取った痕跡がありました。
顔も知らないその人の、ここを大切に思う気持ちをくみ取ることができました。

幕府の迫害から逃れ、山の中に隠れて信仰を護り続けていた信者たち。
宗教弾圧の歴史を遺すこの場所は、なんとも言えない沈痛とした空気が漂っていました。

うしおが「納得してない空気を感じる」と言っていました。

教会内には観音様に偽装されたマリア像は優しく微笑んでいました。
かつて虐げられた人々にもそうしていたように。

神とは生き霊のようなもの

天神さまの研究によると、各地に残る伝説がすべて事実であるならば、太宰府にたどり着くのに何年もかかってしまうそうだ。
史実の道真公は1ヶ月程度で太宰府に着いている。

同じように、キリスト教のイエスさまと史実のイエスでは相当の違いがあるはずだ。

神は概念のようなもの。
概念として存在するから、史実と違っていても問題はない。
人々は癒やしと許しを彼らに求めた。
その思いが、ある意味で生き霊の集合体のようなパワーを持つ。

人々が願う限り神様は存在する。
その神様の力が宿るのが教会。

神様は本当に覚悟が決まった人の前にしか姿を見せない。
ただし苦境そのものを取り去ることはしない。
信者たちも覚悟決めてるから、別にそんなことも望んでいない。

うしおはそんなことを語っていた。

受難の説明

「彼らの大変な受難を通して、tenさんも昨年は色々受難だったねと説明してくださったんだ」

私が日々悩まされてることは些末で、どうでもいいことに振り回されすぎていると気づきました。
「小者にいちいち腹を立ててないで、もっと気高い人々をご覧なさい」

人は過ちを犯すもの。でも改めて行きましょう。
unlearn-mahikari.hateblo.jp
unlearn-mahikari.hateblo.jp
unlearn-mahikari.hateblo.jp
unlearn-mahikari.hateblo.jp
unlearn-mahikari.hateblo.jp
unlearn-mahikari.hateblo.jp
unlearn-mahikari.hateblo.jp
unlearn-mahikari.hateblo.jp

井上陽水の気持ちなら分かる「リバーサイドホテル」

特に需要はない井上陽水の歌詞解説シリーズ第2段です。
unlearn-mahikari.hateblo.jp

リバーサイドホテルは死後の世界?

この歌詞を死後の世界に旅立つカップルのストーリーと解釈する説が多いです。
どうやらミステリ作家の方の解釈をそのまま引き写しているそうで、
「ミステリ作家なんだから、そりゃそういう解釈になるでしょ」ってお話です。

なーにが「隠された裏の意味が」だよ。
書いてもいないことを読み取る前に、素直に書いてある通りに読み取りましょう。

検索すると同じ内容ばかりヒットするし、大半の井上陽水ファンが同じような受け止め方をしてるのか? と疑問に思っています。

文字通り愛の逃避行の歌

これ何もむずかしい話ではなく、若い二人が人目を避けて遠方に駆け落ちしたっていうだけだと思うんですよね。

www.youtube.com

リバーサイドホテルの歌詞解説

まずは時間。
夜明けから昼間、夕方、夜までです。

何故単なる「早朝」ではなく「誰も知らない夜明けが明けた時」なのでしょうか?
夜明けには「明けない夜はない」のように「長い苦しみが終わる」という意味や、「新しい人生の幕開け」といった希望に満ちた未来のニュアンスがありますね。

誰も知らないのだから当の「若い二人」ですら知りません。行き先すら確認せずに、すぐ出るバスに乗ったのかも知れません。
つまり古い町を捨てて新しい人生を送ろうとしています。

若い二人は夜明けに出発し、狭いシートに隠れていることから人目を避けていることが解ります。
せいぜい両親に交際を反対されたくらいのことで、道ならぬ恋などではあるはずがありません。
若い二人が不倫カップルなわけないじゃないですか。

「ステキなバス」
バスがステキなのは、この二人が「夢中になれ」て、心がうきうきしているからです。
狭いシートの超距離バス自体はステキでもなんでもありません。ステキな観光地に行くからでもありません。

若い二人にはお金がないので、飛行機や新幹線は使えません。
「日暮れにバスもタイヤをすり減ら」すほどの長距離バス。しかも「狭いシート」。座ってるだけで身体を痛めそうです。

「昼間の内に何度もKISSをして」と言うことから客はほとんどいないような不人気路線。
たくさん客がいたら、顔見知りもいるでしょうし親に行き先を連絡されてしまうかもしれませんね。

むしろ土地勘のない、聞いたこともないような行き先を選んだのか、ろくに確認もせずにバスに乗ったのかもしれません。
「行く先をたずねるのにつかれはて」てしまいました。

バスを降りる頃には夜になり、二人はネオンの光る繁華街に降りました。
そこでホテルのネオンの看板を読みます。
「ホテルはリバーサイド 川沿いリバーサイド 食事もリバーサイド」
ここがサビ部分です。
どういう意味も何も、ネオンサインの文字です。

2番

繁華街のホテルなら二人でも泊まれるお値段です。
三途の川でもなんでもなく、川沿いで土地代が安いから若い二人の財布にやさしいのです。

元より観光するつもりはなく、中で食事も出来ます。

おそらく女の子の方が疲れて寝てしまったのでしょう。
普通のホテルならチェックインで名前を書いたりしますが、ここでは寝顔を見せれば特に止められることもありません。

「しゃれたテレビのプラグは抜いてあ」っても、二人はテレビなんか眼中にありません。目の前の相手のことが好きなのです。
同じテレビを見て、話題を共有なんかしなくたって「二人きりでも気持ちは通いあう」のです。

余談ですが、井上陽水の歌詞にはよくテレビが登場するので、見るのが好きなんでしょうね。

町や狭いバスという人工的な四角いものから離れ、川沿いのホテルで「ベッドの中で魚になったあと」と水で表現をまとめています。
ここの意味が分からないのは、さすがに未成年くらいじゃないですかね。

「川に浮かんだプール」
川はリバーサイドホテルのことです。
繁華街のホテルですから、他の利用客は短時間で出会って別れて、まるで川の流れのように見えたのでしょう。
でも二人がいるのは「川に浮かんだプール」、リバーサイドホテルの一室という流されていかない部屋です。

そこでまず「一泳ぎ』ですよ。

「二人は途中でやめるから」は一番の「二人は夢中になれるから」と音をそろえています。
ホテルにインした後の、水辺でまとめた表現は本当に素晴らしいと思います。

結論

愛の逃避行の歌です。勢いです。
戻るつもりはありません。

重ね言葉

「夜明けが明けたとき」も「金属のメタル」も同じメロディに配置されています。語感を整えたのでしょう。
井上陽水に関しては、歌詞の文字面だけを追いかけるより、語感やリズムに耳を傾けた方がいいと思います。

意味なんかないんだというと、価値がないと思う人もいるかも知れません。
裏の意味があれば深いわけでも偉いわけでもありません。
音感を低いものとして捉えるから、意味に囚われるのです。
寂しからずや道を説く者。

語感や音韻にこだわりがあり、かつ文学的水準の高い歌詞を作れる方ですから、それを素直に楽しめばいいと思うんですよね。
ちょっと不思議な歌詞も多いですが、彼は感覚的な人なのです。
論理的にああだこうだと考えて歌詞を決めているわけではないでしょう。
それを筋道立てて説明できるなら、ミュージシャン以外の仕事をしてるでしょうね。

音の感覚に敏感な、シンガーソングライターならではの優れた作詞です。

裏の意味に囚われると陰謀論に騙されやすくなるので気をつけようね、とカルトサイトらしく締めましょう。
unlearn-mahikari.hateblo.jp
unlearn-mahikari.hateblo.jp
unlearn-mahikari.hateblo.jp

井上陽水の気持ちなら分かる「氷の世界」

最近は古いフォークソングにハマっています。

私はあまり他人の気持ちが分かりません。
私にはよく分かるけど、うしおにはよく分からないのがフォークソングの歌詞。

氷の世界


www.youtube.com
井上陽水はさすがに何曲か知ってますが、わざわざ自分から聞くほど好きなわけではない。
そんなファンでも何でもない私が、歌詞の意味を読み解きます。

1番は食欲

1番のテーマは食欲。
生きるか死ぬかの問題です。

「窓の外ではリンゴ売り」

強烈な歌い出しで、「なぜリンゴ売りなんだ」と疑問に思うかも知れませんが、今でもラーメン屋も豆腐屋も移動販売しています。
リンゴ売りの声が聞こえることから何が描写されているのでしょうか?

季節は初秋。
リンゴ売りの声が聞こえるということは、窓が開いていて、時間は昼間でまだ冷え込んでいない時期です。

主人公は昼間から家にいるのは仕事がないからです。
仕事がなければ家の中で過ごすのですから、町の風景や温度ではなく、リンゴ売りの声で季節の変わり目を知った。
つまりこの時点で割と孤独なのです。

「声をからして」いるのは、リンゴ売りが必死に売ろうとしてるからではありません。
主人公はリンゴが好きで本当は食べたくてたまらないから「声をからして」いるように聞こえたのです。

この時点では、ちょっとしたおやつも買えない程度の貧乏具合です。
買いたいものが買えない貧しさを、「リンゴ売りのまね」だと自分をごまかそうとしているけど、その欺瞞は自分自身がよく分かっています。
子供ならリンゴ売りのまねをするかも知れませんが、特に子供の声とは限定していません。
やはり実際にリンゴ売りの声が聞こえているんです。

季節は冬になり、より状況は深刻になりました

安アパートは断熱性が低く、さりとて暖房器具を買うお金もありません。
寒すぎて、テレビも壊れて「画期的な色になり」とうとうまともに映らなくなってついには電源も入らなくなってしまいました
(昔のテレビは画面表示が乱れることがよくあり、受信アンテナを動かして調整したり、叩いて直したりしていました)。

画面表示が乱れたことを「グッと魅力的な娘」に変えたという、なかなか表現力の高い暴言だと感心しました。

当時の情報源は、テレビと新聞ぐらいのものです。
今で言うならスマホが壊れたぐらいのショックでしょう。

自分はいつまで経っても芽が出ず、テレビに出演することはできません。
それなのに「とても醜いあの娘」はテレビに出演しています。井上陽水って、女というだけでちやほやされるタイプの女性が嫌いなんですよ*1
そのテレビすら壊れてしまい、社会との接点も失い、己の惨めさから目をそらすこともできなくなりました。

「記録的な」寒さや、「毎日、吹雪、吹雪、氷の世界」とは、
単に寒さというだけではなく、飢えや嫉妬、社会からの孤立という経済状況や心の描写です。

2番は人間関係

2番で主役は「誰か指切りしようよ」人や社会とのつながりを求めます。
「軽い嘘でもいいから」何か約束をして張り詰めていないと、今日一日を生き延びることもできないくらいに追い詰められています。

誰でもいいと言いつつも、本当に誰でもいいわけではありません。
小指を絡めるのは恋人と相場が決まっています。

軽い嘘くらいではもう自分を押しとどめることが出来ないので、結婚という重い約束を考え始めます。

昔は結婚して当たり前、男は妻子を養うのが常識でした。
「売れないミュージシャンなんて、いつまでも夢見てないでさ、ちゃんと結婚して責任取りなよ」って周りの人も言うでしょう。

赤い糸に結ばれて、普通に会社員でもやって結婚して家庭を持ち、身「動きがとれなくなれば」周りのみんなも笑顔になって祝福してくれるでしょう。
他人の望みを叶えて、それで周りが幸せになれるのなら「そんなに悪い気はしないはず」と、また自分を納得させようとしています。
他人の要望通りに生きることは、自分の本当の望みではないのです。

何をしても努力は実らず、時間だけが無為に過ぎゆきます。
そろそろ夢なんか諦めて、妻子を養って男としての責務を果たさねばなりません。
氷の世界では進むことも戻ることもできず、時間と涙だけが流れていきます。

3番は夢

ストレスがたまりすぎて「誰かを傷つけたいな」と思い始めます。
そして実行に移せない自分を臆病だと認めました。

その一方で願いが叶わずともやさぐれずに努力する人――つまり自分自身のこと――を、やさしさを内に秘めて「いつかノーベル賞でももらうつもりでガンバッてる」と小馬鹿にしたような言い回し。
でも曲の中では「ガンバッてる」のとこを力強く歌っているんですよ。
言葉の上では皮肉なんだけど、本当はそういう志の高い人の努力を認めている。

主人公は志が高い人であり、無謀な夢追い人でもあります。

食い詰めてもいい、結婚して責任を取れなくてもいい。
それでも叶えたい夢がある。
それはノーベル賞と同じくらい価値のある「歌手」という夢。
そのことを自覚して、怖くなって震えていた。

断筆寸前のアーティストの歌

なかなか売れずに苦労した時代に作った曲でしょう。

貧乏のつらさを、寒さや壊れたテレビで表現し、自分は売れないのに「とても醜いあの娘」はテレビに出てるという現実にプライドはズタズタです。

追い詰められて今にも夢を諦めて筆を折ってしまいそうです。

意外にストーリーがあり、一番は生きるか死ぬかの食欲がテーマ。食欲と夢のどちらを選ぶのか?
2番は恋愛や社会からの承認。ここでは他者との関係(傷つけたり結婚したり)、他人からの欲求に応じて自分の夢を諦めてしまうのかという問い。
3番は自己実現のための夢について、より高度な欲求へとシフトしていきます。

欺瞞と反語表現ばかりの歌詞
「リンゴ売りのまね」はまねではないし、指切りは誰でもいいわけじゃない。
「悪い気はしない」はやりたくないという意味だし、
ふるえているのは恐いからです。

欺瞞を少しずつはいでいってやっと自分の夢が語られる。
食うことも、社会的な責任を負うことも諦めて、本当に自分自身の願望と向き合った結果、怖くなって震えたのです。

歌手こそが一番の夢で、他のことを失ってでもやり遂げたいのだと。
ここまで追い詰められないと、自分の本心にたどり着けなかったのです。

昭和の歌手は、長年聞かれ続けているだけあって、歌詞のレベルが非常に高いと思います。
美しい言葉には力があります。

君も井上陽水を聞いて真光をやめよう。

押韻

さて、日本の歌は韻を踏まないのだと思っていました。
改めて聞くと、井上陽水は韻を踏む歌詞が多いんですよね。

www.youtube.com
ライム事典のない時代に、よくこれだけ語感に優れた歌詞が作れたものです。

韻を踏み語感がよくて文学的表現が優れているのは「Make-up Shadow」

www.youtube.com

最近は日本語でもなかなかラップ文化が浸透して韻を踏む歌詞も増えてきました。
洋楽の韻もいいけど、井上陽水押韻や語感のセンスは大変素晴らしいので若い方にも一度聞いてみてほしいものです。
unlearn-mahikari.hateblo.jp
unlearn-mahikari.hateblo.jp
参考・出典

*1:「愛されてばかりいると」参照

ドラマハヤブサ消防団でわかる!ときめきカルト講座③ 徳田省吾編

都会から落ち延びた三人

都会から逃げたのは三馬太郎、立木彩、徳田省吾の3人。
この3人の共通点は小説家、映像作家、xTuberというクリエイター系であること。

失敗すらできなかった徳田省吾

賞を取った太郎や、脚本を書き上げてドラマ化された彩と違い、徳田省吾は東京に出て半年で家業のためにハヤブサに戻りました。
今の彼は、挫折すら経験できなかった不発の底辺xTuberです。

「楽しくないわけじゃないけど、もうちょっと俺の人生なんかあるはずやって」
そして教団に「導かれ」、他人から与えられた「答え」を受け入れ、「与えられた使命」のために彼は道を誤りました。
unlearn-mahikari.hateblo.jp
unlearn-mahikari.hateblo.jp
unlearn-mahikari.hateblo.jp
unlearn-mahikari.hateblo.jp

ドラマ「ハヤブサ消防団」でわかる! ときめきカルト講座② 私たちの罪を数えよう編

排除される信者たち

ドラマ版ハヤブサ消防団のいいところは、
カルト教団やその信者だけが悪である」とは描かなかったことです。

信者はいい人たち

彩が見たアビゲイルの信者たちは
「洗脳されたおかしな人間みたいに言われてますけど、私が出会った仲間たちは本当にやさしかったです。
私と同じように苦しんで、救いを求めて、教団に救われたからこそ困っている人に手を差しのべる、思いやりを持つ人たちでした*1

これは割とあるあるで、一般信者は案外いい人が多かったりします。
答えを言うと、騙されやすい人の集まりだから。
真光信者の方も、関係が浅い分にはさほど問題なかったような気がします。

何も知らなかった信者たち

拷問死のことも、ほとんどの信者は何も知らず、突然バッシングされ反対運動を受けて困惑していました。
「そんな事件は起きていない」「教祖はハメられた」とインタビューに答える信者もいました。
後者に関しては本当のことでしたが、世間は言い逃れとしか思わなかったでしょう。

「世間が我々を見る目はあんなものです」
「すべての元信者が危険なわけではない」
「意外に身近なところに信者がいる」
「仏教のような古い宗教はよくて新しい宗教がダメとは限らない」
「頭のいいやつは余計なことを考えてしまう」
「そういうのを陰謀論ちゅうんじゃ」
さらっとこういう描写が入るのはよいですね。

アビゲイルでも大統領でも、サンカクにきたらみんな飲み仲間や」

なんてのんきなことを言ってましたが、消防団は悪い意味で「自警団」と化してしまいます。
それでは信者ではない「普通の人々」がハヤブサを守るために、善意で犯した罪を数えていきましょう。

ハヤブサの人々が犯した罪

村岡町長脅迫事件

森野と賢作は村岡町長に、「記者会見を開き、アビゲイルへの危機感を訴えてほしい。そうしたらマスコミも注目して、あいつらはいづらくなる」と訴えます。
町長が断ると不倫をネタに脅迫し、会見を開くことを約束させました。

サンカクで杉森入店拒否事件

カクさんのお店ですから、彼が客を選ぶこと自体は施設管理権の範囲内で可能です。
これは高級フレンチ店などで、服装がドレスコードに沿わない場合はお断りする、などの場合が該当します。

ですが、この場合は杉森が正しく「根拠のない噂話に基づく差別」です。

儀式妨害は「説教等妨害罪」

ハヤブサ分団は聖母降臨の儀式を阻止しようとして、信者たちに消防車で水をかけようと言い出しました。
さすがに警察署長に「やめとけや。あんたらを逮捕しなけりゃならなくなる」と止められました。

刑法第188条第2項では、
「説教、礼拝又は葬式を妨害した者は、1年以下の懲役若しくは禁固又は10万円以下の罰金に処する」
と定められており、宗教行事を妨害する「説教等妨害罪」に該当する可能性があります。

聖母降臨の儀式自体はルミナスソーラー(実質教団)の私有地内に集まって礼拝(宗教行事)をするだけなので、特に迷惑行為はしていません。
そんな無害な祭礼を妨害するのなら、信教の自由の侵害としか言い様がありません。

目的のために手段が正当化されるのなら、それはアビゲイルが放火や殺人を犯したのと同じ轍を踏むことになります。
カルトの悪だけでなく、それに反対する我々の罪を描いたドラマでもあります。
「正義とは暴力の免罪符」とはよく言ったものです。

猟銃で人を撃とうとした

真鍋が先に銃を撃ったとはいえ、賢作も真鍋に銃を向け、警察から下ろすように指示されても従いませんでした。

許可を受けた猟銃であっても、保管や持ち歩き自体にも厳しい制限があるぐらいです。
当然空砲であっても絶対に人のいる方に向けてはなりません*2

信者だけが「何故」と言われる

三馬太郎は「何故そんな宗教に」と彩に問いかけました。
「何故、何故、何故……三馬さんも他の人と一緒なんですね」と彩。

信者だけが理解不能とされ、「どうして、何故なの」と言われ続ける。
こういった指摘は、誰かをカルトから脱会させたいなら真摯に受け取る必要がありますね。
「何故」って要は責めてるわけですからね。

「私たちとあいつらは違う」
迷惑なので受け入れたくはないのですが、排除すればするほど彼らの絆は深まります。
unlearn-mahikari.hateblo.jp

じゃあどうすればいいのかは、簡単に答えが出せません。
でも焼きそばを焼いて、一緒に食べるくらいのことならできるかもしれません。

みんなもカルトにハマる前に神社検定を受けよう!
unlearn-mahikari.hateblo.jp

ハヤブサ消防団を元カルト信者が語るシリーズ
unlearn-mahikari.hateblo.jp
unlearn-mahikari.hateblo.jp
unlearn-mahikari.hateblo.jp