シグナス家は何故ジュナを引き取ったのか メタファー:リファンタジオ考察
この記事はネタバレを含みます。
なぜシグナス家はジュナを引き取ったのか
レラはジュナのことを、
「上流貴族のシグナス家が、社会貢献を印象づけるためだけに、
気まぐれに拾って来た、ただの孤児」
と言いましたが、本心と違うことを言うシーンなので、「社会貢献」というのは事実ではないと思います。
イエに囚われたレラ
レラは子供の時分のうちから、その手を汚す羽目になりました。
そのような仕事を引き受ける代わりに、シグナス家は代々高官に取り立てられてきました。
シグナスは穢れた名家…両親は権威にへつらい、魔法の腕前でしか
人の価値を測ろうとしない…ずっと失望の中で生きてきたわ。
子供としての愛情は受けられず、優秀な魔道士として評価される家庭でした。
その生い立ちから、ルイの説く実力主義は受け入れがたいのです。
正反対の姉妹
気弱な姉レラと、自分を貫き通すジュナ。
姉妹に血のつながりがないとは言え、同じ家庭に育ったようには見えません。
むしろ同じように育てられていないから、家に囚われず、ジュナは自由に生きているのだと思います。
実際に、彼女はシグナス一族の家業も知らされていませんでした。
周囲の人々は、シグナス家のことは口に出さずともある程度は知っていたでしょう。
社会貢献を印象づける必要性はあったとは思います。
何故ジュナを選んだのか
ジュナの外見や歌声に惹かれたのかもしれません。その方が世間体もよかったのかもしれません。
ただ、両親はジュナには割と自由に過ごさせていたように思えます。
単に、跡取りとして期待をしてないから厳しくしなかっただけかもしれません。
根拠のない妄想に過ぎないのですが、シグナス家の家業と、ジュナが奴隷にされていたことが関係があるのではないでしょうか。
責任や良心の呵責を感じて、ジュナを引き取ったのではないでしょうか?
シグナスの家に生まれた私には、そんな貴方が
眩しく見えた…貴方に夢を見たの
貴方は自由の象徴だった
そんな中に現れた貴方は、私の生きる希望…
ほんとうに命よりも大切な存在だった
レラにとってジュナは自由の象徴でした。
それはシグナス家にとっても同様だったのではないか。
なぜならレラはシグナス家の後継者であり、イエから逃れられない立場です。
彼女個人の感想と言うより、シグナス家の本音に見えます。
家業で汚れ仕事からは逃れられず、引き換えに地位を得ても心苦しかったでしょう。
人らしさを捨て、感情を捨てなければシグナス家の人生は苦しいものです。
だから両親はレラを子供としては愛すことができず、優秀な駒として育てました。
一方ジュナは家業に関わらせず、「子供」として愛を注ぎ、自由を制限することはなかった。
もっと率直に言ってしまえば、毒親はすべての子供を虐待するわけではなく、いじめる子供と溺愛する子供を分けたりします。
レラを後継者にした理由
フォーデンの死後に、レラは人気やすがれる存在という理由で後継者に選ばれます。
まず、気弱で言うことを聞きそうなので、傀儡政権の神輿として御しやすいです。
政権で色々もめると、とりあえす女性にしておこうかという流れ、ありますよね。
レラは惺教の暗部を知るシグナス家であり、万が一ジュナのいるルイ勢力に寝返ると、惺教府にはかなりのダメージになります。
では、立場を与えて抱き込むしかありません。
レラ自身は惺教の欺瞞や搾取などを受け入れた上で、それでも弱き人々に救いをもたらすと確信しています。
これは、不正を飲み込めないギドにはできないことです。
レラには清濁併せ呑む度量があるので、あのまま女王になれば、フォーデンのように惺教を背負って立てる器だったと思います。
評議会の皆さんは王子が即位後もなんとなく政権側について無事生き残っていました。
こういう「選挙で落とせないけど権力のある人たち」も描かれていて面白かったです。
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メタファー:リファンタジオ 宗教者ギドの死と再生
この記事は重要なネタバレを含みます。
宗教者ギドの死と再生
武力でフォーデンを支えるコバンザメ
序盤では、ギドは惺教の権威をカサにした自己愛的な人格として描かれます。
体格もハゲマッチョで全身タイツです。
神の御名において罰を下してくれる!
我ら惺教府僧兵団、神の威光にあだなす者は
何者だろうと退けて来た
大いなる惺教の威光にひれ伏せ
また、フォーデンを支えることで自身の出世も達成してきました。
権力者としての失墜
フォーデンの右腕だと自認していたのに、「人心を惹きつけるものがない」という理由で後釜の地位をレラに奪われて激怒。
しつこくレラに辞退を迫ります。
グローデルとの違い
グローデルとギドの言動は、似ているようで決定的な違いがあります。
グローデルは、勇者品評会で小さなニンゲンの首を提出しました。
そもそも大きな首というお題に沿っていませんし、国民はニンゲンを見たことがないので本物かどうか判断できませんでした。
彼は独りよがりで、自分のことしか考えていません。
だから、彼なりに自分の欠点を受け入れて努力している割に、他者から評価されないのです。
一方でギドは、大きな魚を提出しました。
大きさも充分で、かつ無益な殺生をせず貧しい人たちに振る舞って施しをしました。
このように、彼の性根は敬虔な信徒であり、弱者をいたわる優しい人なのです。
ギドの過ち
彼は薄々、惺教の過ちに気付いていました。
惺教の腐敗した環境では水が合わず、自分を曲げなければなりません。
信仰心も深く、惺教の不正を認めたくないのでイライラして虚勢を張っていました。
出世して地位を得られれば、惺教が間違っていないと確信できます。だから彼はフォーデンに地位をねだったのです。

肝腎のフォーデンの護衛にも失敗し、レラにも敗北。惺教の信頼も地に落ちました。
「私が信じた惺教とはなんだったのだ…
これからは、何を頼りに…
『何を頼りに』か…
惺教を守っているつもりが、支えを失った途端、動けんとはな…
私も…レラの言う『弱き者』か。」
すべての肩書きを失い、彼はようやく自身とその信仰心について振り返りました。
いち宗教者に墜ちたことにより、己を受容できたのです。
彼が守っていたのは、教団の不正をただせない自分自身の弱さでした。
再生したギド
終盤でギドは、等身大の自分を「最初から己の力では何もできぬ弱者だった」「名ばかりの僧兵団長」と認めました。
指導者を失ったものの、信仰心が彼に残りました。
彼は、自分に何ができるのか分からないものの教会に立つことを決め、脅威にさらされる信徒たちの無事を願い、祈りを捧げました。
以前の彼は異教徒に厳しく、彼らの神器を取り上げることを提言するような人間でしたが、終盤になると、「明らかに信徒ではない」王子たちにも安売りをしてくれるようになります。
出世欲を捨てたのに、エンディングでは枢機卿という教皇に次ぐ立場に上り詰めていました。
惺教府の悪行が表沙汰になって以来、
惺教への信頼は地に落ちました。
驕りや不正、悪しき風習があったことも認めます…
だが、惺教に救われた者も確かにいたはずなんです。
真に救いを求める者のため、私はこれから
あるべき惺教の姿を取り戻したいと考えています。
枢機卿として、惺教に救われた者として、
それが私にできる唯一の恩返しですから。

不正の処罰もして自浄に努めているようです。
彼が本当にやりたかったのは、腐敗を正し、本来の惺教に立ち戻って信徒に救いをもたらすこと。
本当の望みに奉仕している彼の顔つきは穏やかです。
フィクションで宗教を取り上げると、「教団を潰して終わりにしてしまえ」という流れになりがちになります。
過ちを犯し、また悔い改める。
それが本来あるべき姿だと思います。
ギド一押し
宗教関係でもっともいいキャラなのがギドです。
すべてを失って本来の自己に立ち戻るという流れや、出世欲で自分を見失い、欲を捨てて立場を得るなどおじさんの人生が詰まっていました。
ゲーム自体も面白いですし、宗教系ゲームとしても特筆に値するオススメの作品です。
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フィクションのカルト宗教論「メタファー:リファンタジオ」 聖女レラ編
この記事には重大なネタバレが含まれています。
宗教=カルトという浅さ
ゲームで宗教がテーマになると、だいたいやばいカルト宗教として描かれます。
このブログはカルト宗教がテーマなので、それに沿っていると言えばそうなのですが、同じような内容ばかりで食傷気味でした。
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宗教はすべてカルトだと冷笑するのは、高二病に過ぎません。
「自分はそんなものに騙されない、賢い人間だ」と思っている分、たちが悪いとも言えます。
真光の悪態をついていながら、別の変な宗教に入る人は珍しくありません。
伝統宗教は王道。
長年の信頼を重ねたいわばブランド品のようなもので、確率的にあまり大きな問題は起きにくいはずです。
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宗教と名乗らないカルトにハマる人も多いのですが、今はこちらが主流でしょう。
惺教の功罪
「メタファー:リファンタジオ」は惺教内部の腐敗、異教徒の弾圧や歴史の
一方で、人々の心の支えであることも明言しています。
功罪の「功」を否定しなかったのが、今までのゲームと大きく違うところです。
誰でも救うことは不可能である
実力主義ルイに対して「困っている者は誰でも助ける」を理想として掲げる主人公。
主人公が初めてグラン・トラドについたときのこと。
主役が飢えたパリパスに食べ物を分け与えると、次々に他のパリパスも群がってきて、ガリカがその場から離れるように促すシーンがあったかと思います。
序盤から「誰でも助ける」がどういうことなのか、その実現困難性が示されます。
毎週ろくな裁判もなく処刑が行われていますが、主人公は特に助けませんでした。
主役の理想主義に対し、国民や対立候補からも度々実現不可能だと言われ続けます。
実際に、王子が玉座についてから1年後になっても、見捨てられた人々がいます。
「『(困った人は誰でも)助ける』ってか?
お前、ずっとそれ言ってるな。
俺は、…お前のことずって見てたよ。
ずっと…この街の隅っこで。
これ以上見て見ぬフリされんのは嫌だよ…
俺らみてえな、行き場のないパリパスがまだいるってこと…
そのこと…忘れんなよ」
贖罪の聖女、レラ
レラは実際に、弱き人々を長年に渡り治療魔法で癒やし続けてきました。
弱者が礼儀正しくて感謝してくれるならやりがいもあるでしょうが、実際には「愚かで好まれざる者たち」でありました。
「かわいそうな人たちを助けてあげたい」という気持ちだけでは続けられなかったでしょう。
「罪滅ぼし」という強い原動力があったからこそ、聖女と呼ばれるほど人々を癒やし続けてきました。
この描写がキャラクタ造形に説得力を持たせます。
レラが象徴するのは、誰からも必要とされないような人間、皆から疎まれるような人であっても保護してくれる「福祉」。
周囲から好かれるような人は、政府が保護しなくても誰かか助けてくれるでしょう。
愚かで好まれざる者たちをも包摂するのが国家の役割です。
彼女は惺教の不正や搾取を認めつつ、人々の心を救い、支えになっていると説きました。清濁併せのみ、惺教を受け入れていたのです。
「心酔して、不安を何かに預けた者は、もう二度と悩まずにすむ。」
「この国が…ずっと昔からやってきた事よ」
また、宗教ではなく国のしてきたことだともしています。
「でも、だからって惺教は、誰の救いにもならなかったの?
ほんとの救いって何かしら?
『神はいない。自分の力で自由に競え、それが公平な世の中』…
そんなルイの怖がる信徒たちは、愚かなの?
私は、本当の意味で国民を救済する。
悩まず、何の不安もない…そんな生活を永遠に送れるようにね。」

元ネタはマルクスによる「宗教は民衆の阿片」論です。
マルクスが言った「宗教はアヘン」とは?
「ルイを退けた者は王座を得るでしょう。でも貴方たちは、遺された惺教信徒を…ルイの世界では死ぬべき『弱い人々』を、救えるの?」
「弱さゆえに好かれず、行き場を失って信仰に至る人たち…それを自由の名の下に突き放すつもりなら、そんなのはルイと同じよ!」
「王となるなら、愚かで好まれざる者たちをも救う力と覚悟がいる。
貴方が何者だろうと、それを確かめずに死ぬ気は無いわ!」
レラは信徒の皆の心に直接声を届けました。彼女の慈愛の心もまた本物でした。
でも、異教徒ムツタリ族には届かない。
「愚かで好まれざる人々」への慈愛を訴えながらも、異教徒はその中に含まれていません。
彼女の優しさの限界も描写してるのが容赦ないなと思いました。
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【ネタバレ考察】エルダ族はロスジェネ説 メタファー:リファンタジオ
重要なネタバレを含む記事です。
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政治ゲームとしては描写が薄い
メタファーは政治や差別についての描写に濃淡があり、政治ゲームとしては薄いと言われることがあります。
今イチ踏み込めていない感じは正直ありますが、政治にしろ差別にしろ描写はされています。
プレイ時間が短いと、じっくり読み取る余裕はないですね。
冤罪で処刑されるパリパスのシーンでは「二本脚の犬」と呼ばれていました。
ちなみに中華圏だと「二本足の羊」という言い回しがありますが、これは人肉のことです。
人種差別がテーマの割には、(イベントシーン以外の)差別表現はソフトで、ゲットーもなく異種族で同じ町に暮らしています。
使う店も種族ごとの指定はなく「用が済んだら出て行って」とは言われますが、飲食や買い物はできます。
エルダ族は穢れた種族という割には、話しかけても無視されませんし、石も投げられません。
とはいえ、行く先々で心ない言葉をかけられるのもなかなかつらいものがあるので、この程度でよいと思います。
人種差別というとナチスだけに寄せすぎになりがちなんですが、ルドルフくらいしかなかったですね。
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エルダ族とはなんだったのか
エルダ族の本来の名は「人間族」。すべての種族はエルダから枝分かれしたとされています。
ちなみに元ネタは「アフリカ単一起源説」。
エルダ族はロスジェネ説
フォーデン(竹中平蔵)に焼き討ちされたエルダの古仙郷(年越し派遣村)。
ルイは秘術(成果主義ビーム)で主人公のマグラを暴走させてニンゲンにしてしまいます。
ルイの望む新世界
ルイの望みは世界がニンゲンで溢れかえること。
成果主義ビームに耐えられなかった者は正気を失い怪物(非正規社員)となり、力の道理を受け入れた者は大きな力を得て正社員(社畜)となります。
ルイはたたき上げのブラック社長
ルイは自分自身を例外にしません。例え自らが力の論理で敗北し、死んでしまっても構わないという覚悟のある成果主義者です。

また自身の慢心を認めて反省したり、自分に対しても苛烈に厳しい人です。
この手の上司だと、部下は何も言えません。
ブラック労働が生まれる理由の一つに、社長や上司本人がブラックな働き方を自明としていることが挙げられます。
「部下も自分と同じ働き方をして当然だ」と思っているので労働環境が悪くなりがちです。
たたき上げタイプは努力できない弱者に優しくありません。
国民総ニンゲン化が公平?
2周クリアしても、ルイはいったい何がしたかったのか判然としませんでした。
「力のみが支配する、理不尽のない世界」はともかく、その手段が国民全てをニンゲン化するというのは論理が飛躍しています。
かといって、「ただ破壊したいだけだ」とか、「自身の不安に飲まれたんだ」程度の解釈では浅薄にすぎないのではないか。
ルイは主人公タイプ
「メタファー:リファンタジオ」は生まれによる差別や理不尽を放置した王が、若き革命家ルイに暗殺されるところから話が始まります。
主役は王子の親友。古き体制側の人間なので、ルイの方が正義の主人公としてふさわしいんですよね。
カリスマ性があり、部下から慕われています。
彼はいつも堂々として、答えにくいことも質問するとはっきり回答もしてくれます。
嘘のない世界
嘘が嫌いな彼の思想は、種族や身分での差別をせずに、実力のみを評価する成果主義≒自己責任論へと至ります。
人には生まれついての身分や種族があり、嘘もつきます。
それらはルイにとって憎むべきものです。
王に押しつけていた不安を、本人の元に返した結果ニンゲンになってしまっても、ある意味では本来のあるべき姿に戻るだけ。身分も権力もなくなった混沌状態です。
つまりルイにとっては嘘がありません。
エルダ族は種族を理由に焼き払われてしまいましたが、皆がニンゲン化すれば種族の壁はなくなります。
生まれや種族で差別されることがなくなって、力のみの公平な社会になっても、規準が種族から武力に変わるだけのことです。
弱者は淘汰されるという点で変化はありません。
「公平に競って斃れる犠牲は、尊く美しい」(ゾルバ)。
「残酷でも、人生に、命をかける覚悟のある公平さをもたらす」(ルイ)
犠牲をともなう残酷さがあっても、実力主義は公平であるというのは分からないでもないです。
王錫は税務署
王錫で国民から広くマグラを吸い集めることにより、王の魔法は天変地異クラスの強大な力を持ち得ます。
つまりマグラとは税金のことです。
ルイは課税も保護もしないし、己の力量で生きろという無政府派。ベーシックインカムですらありません。
力の論理というワンイシューしかないため、弱者切り捨てについて問われると「弱者を守る力があるのか」程度にしか答えられません。
彼は王や国家として弱者に保護は与えないけれど、誰かが弱者を守護することまでは否定していません。「ただし力で守れ」と言うだけで論旨に一貫性はあります。
ルイの自己責任論
不安を国王に押しつけるのではなく、各個人で背負うべきだというのは、非情にロスジェネらしい発想です。
「誰が太り誰が死ぬかを、お前たち権威者が勝手に決めている。
この国に戦乱が無いのは、単に、食う者と食われる者が初めから
決まっていて覆せないからだ。そんな平穏は秩序ではない」
ロスジェネは、生まれた年で人生が決められてしまいました。
中高年の雇用を守るために新規採用は絞られ、優秀な人でも非正規社員にならざるを得ず、職歴がないので転職しても労働条件はよくなりません。
社会保障費は増えて手取りは減り、結婚も望めず老後資金など貯められません。
自分たちが老人になる頃には、年金や介護などは減らされるのが目に見えている。
一方で若い世代は労働条件が改善されつつあります。そのしわ寄せはどこに行くのでしょうか?
「自らの責任を他人に負わせる卑怯は、いっさいまかりならん!
そんな事が決してできぬ世界の創造、それこそ我が王の魔法だ!」
というルイのセリフは、まさにロスジェネの魂の絶叫。一般労働者の8倍働いています。
生まれで運命が決められてしまうよりも、実力で争って限られたパイを勝ち取る方が、チャンスがあるだけマシというものです。
ルイは「顔の見える数人の首」を望まず、社会そのものを変容しようとしました。
彼のキャラクタや思想を創作した人はロスジェネ世代でしょう。少なくともその世代が共感できるように作り上げたはずです。
ルイもゾルバも、生まれによる差別は理不尽だけど、実力主義のモノサシの方がマシだとしか言っていません。
どうせ世界は残酷で不平等なんだから、納得できる規準で勝負したい、と。
ルイの理想
「分かち合いの秩序など夢のまた夢よ。
まず人そのものを、覚悟ある姿へと正すしかあるまい」

彼の本当の理想は、モアの幻想小説のように平等で穏やかな世界だったはず。
どうしてこんなことになってしまったのか?
理想主義を実現すると、だいたい地獄になります。

ルイ自身も「ならば、貴様が捨てたその理想、私が引き継ごうではないか」と明言しています。
彼は前王ユトロダイウスの、思想上の正当な後継者で間違いありません。
理想主義――少年、青年、老人
理想を持っているが、実現はしていないのが少年王子。

前王と同じ理想を諦めなかった姿が青年ルイであり、実現するとこの世に地獄をもたらします。
かつての夢を諦め、実現しなかった老人が前王ユトロダイウス。
モアの語る理想が現実の日本風味なので分かりにくいのですが、少なくともメタファーの世界では実現不能な夢想として描かれています。
例えば前王はユトロダイウスという現実とモアという理想が
つまり理想が実現不可能すぎて、現実から別れてしまいました。
王子も主役と分離していますが、ルイはブレていません。この折れない強さが前王とルイ、両者の実行力の差違となっています。
終わりに
当初はルイの気持ちが分からず、理不尽の解消方法が「この世をニンゲンで溢れかえさせること」というのは意味がよく分かりませんでした。
彼の言動を振り返っていくと、実力主義のむごいながらも公平な点。不安を個人で負う自己責任論。理想主義の果て。
実はそこまで飛躍はしていないように思います。
©ATLUS. ©SEGA.
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メタファー:リファンタジオ考察 ルイ様童貞説
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今回は選挙をテーマにしたPS4/5他用ゲーム「メタファー:リファンタジオ」についての考察です。
重要なネタバレを含むので、クリア後にお読みください。
クリア後の感想
ファンタジー世界の政治や選挙、種族差別をテーマとした作品というと食指が動かないかも知れませんが、一周目クリア後にすぐ二周目始めるくらい面白かったです。
全体的にクオリティのばらつきが気になるなど、品質管理に雑さはあるものの、ストーリーや歯ごたえのあるバトルなどプレイして損はないタイトルでした。
嘘が嫌いなルイ
「嘘をもっとも憎む」という社会不適合者、ルイ・グイアベルン。
ルイが信じるのは強さという分かりやすい基準。
ただし彼にも人間性が少し残っていて、ジュナの歌は本当に好きだったように見えます。
「歌なんて信じることのカタマリみたいな行為よ?
なのに、あなたも私の歌に魅せられたでしょ?」
「歌は信じること」というのはよく分からないのですが、実際にルイはジュナの歌に聴き惚れて竜神の槍に貫かれてしまいました。
あのときだけは隙がありましたね。
ではジュナに女性として関心があったのか? といえばさほどなかったと思います。
「男女の仲ではないとか、子供向け作品か?」と思いましたが、ルイの性格を考えると新世界の創造以外のことには関心がなさそうですよね。
「国民的人気の歌手」が手元にあることには、利益を感じていたと思います。
彼には掃いて捨てるほど女性が群がってきたはずなので、対外的にジュナを恋人にしておくことで女性がよりつくのをある程度防げたのかもしれません。
ルイ様童貞説
ルイは一つだけ明確な嘘をついていました。
それはエルダ族であることを隠すために、クレマール族の角カチューシャをつけていたことです
(ちなみにルイの偽角は、ストロールなど他のクレマール族と比べて大きめになっています)。

ということは、誰かと共寝をすることはなかったのではないでしょうか
(実際には魔法がかけられているので、外れたりすることはなかったと思います)。
市民の中にはルイがクレマール族なのか疑う者もいました。
差別から逃れるために他の種族を装う者は一定数いたはずです。
彼の性格上、ありのままの姿を見せられない(=嘘をついている)のに恋人になるというのは、いささか無理があるように思います。
(ジュナと恋人になっていた方が、何かと便利だったとは思うのですが彼はそうしていません)
女性に関心が薄いのか、ジュナがスパイだと感づいていたからなのか。関係を持ったら面倒くさくなると思ったのか。理想を実現すること以外に興味がなかったからなのか。
不信の塊のような人なので、やはり女性を愛する日は来なかったでしょう。
ルイとゾルバの絆
「ルイ様は私のような恵まれぬ存在も、
強き存在へと変えてくださるのだ!」
ニンゲン化しながらも人格を失わなかったゾルバは、新たな強い力を得ることが出来ました。
バケモノにされてもゾルバにとっては「我が望みの姿」でした。
ルイにとっても、強烈な成功体験だったでしょう。
恋愛よりもこのような経験の方が、彼に深い歓びをもたらしたであろうことは想像に難くありません。
やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君(与謝野晶子)
上気した女の肌の下には寄せて返す荒波のような血がたぎる。恋で熱くなった私に触れようともせずに、あなたは理想論ばかりでさみしくないの?(拙訳)。
というわけで、やはりルイは「みだれ髪」で揶揄されるような人なんだと思います。
ゾルバの被承認欲求
クレマールとムツタリの混血であるゾルバは、陰鬱で孤独な青年でした。彼のモノを動かす能力に価値を見いだしたのはルイだけでした。
ゾルバは、ルイの右腕や忠臣になることは出来ます。
しかし「それでこそ長年追い求めていた我が宿敵というものだ…!」と言われるような同格の存在にはなれず、王子に強い嫉妬を覚えました。
グローデルやギドもそうですが、仕事を通じた男性の嫉妬や鬱屈がよく描けた作品だと思います。
ルイの規準は強さのみなので、例えバケモノになってでも、王子より強きものにならなければルイに認めてもらえないと考えました。
強さだけがルイの評価基準だと思い込んでいたのがゾルバの限界でした。
一方、華やかに見えるルイも、根本的にはゾルバと似たもの同士だったように見えます。
真にルイの目的を理解し、その上で崇拝していたのはゾルバだけでした。

恋人になるよりも、バケモノにしてしまう方が関係が深いと思います。
ヒエロニムス・ボス「快楽の園」
ニンゲンの元ネタとなったヒエロニムス・ボスの絵は、「快楽の園」だけでもいいので、大きめの画集でよくご覧下さい。
「快楽の園」は婚礼の祝いに送られた作品で、男女の活発な様が描かれているのは子孫繁栄の願いが込められているからだとされています。
ちなみにボス自身は敬虔なキリスト教徒です。かつては異端派説もありましたが、現在では否定されています。
作品を見ていくと分かりますが、女性の描き方には肉感が薄く、対して男性には情念がこもっています。
エヴァではなくキリストを見つめるアダム。夫も誰も見ないエヴァ。
男の尻に刺さる矢、笛、花。男の尻に描かれた楽譜。とても異性愛者が描くような絵ではありません。
地獄王子の尻から出てくる男たち。樹木人間の下腹部あたりへと昇っていく男たち。
男性たちは拷問を受け、身体には棒やトゲ状のものが刺さっています(フロイト的解釈)。
さすがに怪物や動物に置き換えてはいますが、男性が襲われたり組み敷かれたりしています。
宗教による同性愛差別
中世キリスト教において、同性愛は極刑を含む重罪でした。
現代の私たちからは、ボスの絵は露骨な表現に見えますが、当時としては気付かない程度のギリギリセーフな内容だったのでしょう。
そんなボスの作風をふまえた上でゾルバとルイの関係を設定したのかは分かりません。
彼らが被承認欲求と搾取の間柄であったとは言え、忠節や思慕とは簡単に割り切れないけれど、ある意味両思いだったなあと思いました。
ボスが男性を怪物に置き換えて描いたように、ゾルバの身体はニンゲンに入れ替わってしまいました。
落下していくわずかの間、彼は幸福だったと思います。
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思金神さまの重い金
巳年は脱皮の年
巳年は生まれ変わりの年です。
今年は環境も変わりいろいろな人と出会いがあって、資格のための勉強を始めました。
先日氏神さまの神社に参拝し、お抹茶を頂きながら、勉強の計画を練りました。
参拝後に受験テキストを買うため、大きめの書店に行きましたが、資格コーナーがずいぶんと縮小されていました。
品揃えが少なくて目的の本は在庫がありませんでしたので、その場でネットショップで注文しました。
これまでにも勉強に必要な文具を揃えたり、受験料などの出費がかさんでいたので、なかなか痛い出費です。
ポイントが千円程度貯まっていたので、使おうとして支払方法の変更をクリックすると、ギフト券の残金がありました。
すっかり忘れていましたが、以前磐座さんの参拝後に当てた宝くじのお金が残っていたのです。
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今までもネットショップで買い物をしていたのに、残金があることに気付いていませんでした。
支払いに充てると、残金は40円程度。とても偶然とは思えません。
「ああ、このためのお金をくださったんだなぁ」と思いました。
そう言えばあのとき、私のことをじっと見ていた岩は、思金神さまでした。
思金神さまとは
思金神さまは
天照大御神が天石屋戸にお隠れになったたときに、打開策を考えたのが思金神さまです。
天の岩戸 | 神社と神道 | 神社本庁公式サイト
そんなわけで、心からの願いは割とお聞き届けいただけることがあります。
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ゲームとしての「祇(くにつがみ):Path of the Goddess」 うしおの評価編
当ブログ「真光やめたら幸せになりました」では主に
最近うしおが
総評「インカム狙いの鬼畜ゲーだが、和風ハデスになる可能性もあったのに惜しい」
難易度がハードゲーマー向けで理不尽
くにつがみは死にゲーですが、耐性のない人にとっては苦痛です。
実際に2周目クリア率は低いので、途中で投げ出した人が多そうです。
ハードゲーマーの性
攻略記事などには、簡単だとか何時間でクリアできただのと書いてあることが多いです。
ネットの記事と実際の難易度違いすぎません?
記事を書くようなゲーマーと一般層(=ライトユーザー)の腕前には大きな隔たりがある、というのは原因の一つです。しかし、そんなことはどのゲームでも同じです。
では何故そのようなことになるのでしょうか?
ハードケーマーというものは、口が裂けても「難しかった」なんて言わないからです。
うしおも小学生の頃には、難しいゲームを苦労してやっとクリアできても、友達には「あんなの簡単だったよ」と言っていたそうです。
ハードゲーマーは、難しいゲームを攻略できることが自らのアイデンティティの拠り所になっています。
そんな彼らの「あんなの簡単、すぐクリアできたよ」という言葉を真に受けると、本来の購買層とはズレた人が買って不満に繋がります。
アーケードゲーム向け
うしおが言うには「ゲーセンのゲームを作ってる人がこのゲームを作った」。
カプコンはアーケードゲームの会社です。
ゲーセンというのは遊興施設であって、家庭で楽しむコンシューマーゲームとは作りが異なります。
その違いは、基本的にはインカム(売上)を伸ばすことを狙っている点です。
簡単すぎると百円で2時間もプレイし続けてしまい、お金を払わない人が居座り続けてしまいます。
かといって、すぐ諦めてしまうような難易度では、やはりコインを投入してもらえません。
「あとちょっとでクリアできたのに、悔しい」と思わせたらコンティニューでお金になります。
そういうギャンブルのような作りなので、家庭用ゲームとしてはストレスがたまります。
昼ステージでは村人を助けたり穢れを祓ったり、霊道を引いたり、仕掛けを修繕したり、壊れた橋を直すなどやることが大量にあります。
せっかくビジュアルや世界観が優れているのに、ステージ内を走り回って時間とやることに追い立てられ、情緒がありません。
アーケードゲームは何をやるにしても時間制限があります。
ステージも時間内にクリアしなければならず、キャラクターなどの選択や、コンティニューするか否かも考える時間は与えられません。
客にだらだら迷われてもインカムは増えないので。
音楽で焦らせる
くにつがみは音楽も大変素晴らしいものです。
主題歌もサントラも世界観に合っていて、今でもよく聞いています。山中のドライブに聞くと雰囲気があります。
ゲーム内では、状況に応じて自然に音楽が変化するのも面白かったですね。
これが、ゲームとしてどういう役割なのかというと、プレイヤーを焦らせてミスを誘うように出来ています。
夜が近づくにつれて不穏な雰囲気になり、日没直前には畏哭のうめき声やラップ音のようなものまで聞こえて恐怖心を抱かせます。
www.youtube.com
夜の戦闘曲のメインテーマ「Villagers' Rhythm Opus1~3」。太鼓がメインなのでちょっとめずらしいですね。
世代が畏哭に囲まれたり、劣勢になると曲のテンポズレたり音程が歪んだり、メロディが消えて不快なノイズ音になります。
また、強めの敵が出るときは太鼓のリズムがスローダウンして、法螺貝が鳴り響きます。こうなると焦ってミスが出やすくなります。すべてはインカムのためなのです。
安らげない拠点
拠点は特に時間制限はないはずなのですが、何故か切迫感に追われてしまいます。
村をのんびり見て回るような感じでもなくなり、広い村の中を走り回って村人に復興指示をするだけのだるい作業になります。
村人に対して距離感があるし、ストーリーも個性もないので愛着が沸かないですからね。
うしおは何故か復興が一番のお気に入りで、村人が喜んでると嬉しいそうです。「復興して自分が嬉しいのに村人がお礼に和菓子までくれる」と言っていました。
宗は山祇の遣いでそもそも人間ではないですし、世代は覚悟を決めた定めの巫女であり、あまり強く感情を表に出すことはありません。
感情的なのは村人たちだけです。
日没に「次は負けない」と宣言したり、夜明け前には「もう少しだよ」と励まし合ったり、夜明けには「やったー」と感激したり。
彼らの発言はじっくり聞いてみたいのですが、のんびりできな(略
考え抜かれた嫌がらせ
くにつがみは、操作性の悪さで死にゲーとなってる部分もあるものの、基本的にはステージや敵の行動パターンがよく練られています。
プレイヤーの自由を制限する
中盤から難しくなるのがアーケードゲームです。
「蓮華沼」ステージでは毒沼で宗と村人の可動範囲がかなり制限されます。一方畏哭は毒沼を自由に渡って来ます。
村人の配置が悪かったり、戦闘で移動すると毒沼に触れてダメージが入ります。
また、ここで「土壌汚し」が登場し、地面がダメージ床になるので安全な足場は更に減ります。
蓮華沼には動物がいないので、食糧が手に入りません。手水舎もなく無敵が使えません。
巫術師にできる女性の村人は一名のみ。職能の割り当てを間違えると、再転職で結晶を浪費します。
煙々羅で村人の指揮ができなくなったときに、村人がヒダル神に憑かれて、他の村人や世代もダメージを喰らうコンボなんかも嫌なものです。
要はゲームの作り方が嫌らしいんです。
夜明け前の猛攻
自分がプレイしてるときには気がつかなかったのですが、夜も白み「後もう少しで夜が明ける」と思ったタイミングで畏哭が大量に出現します。
「地上に出るまで後ろを振り向くな」って言ったでしょ。
unlearn-mahikari.hateblo.jp
理不尽な一撃
夜明け前は単に畏哭の量が多いだけではありません。
流れ弾を装って、理不尽な一撃で世代の体力が尽きることがよくあります。
「偶然かと思ってたけど、頻度が多いのでそういうプログラムにしてある」とうしおが言ってました。
やはり悔しくてコイン投入したくなりますよね。
「山裾宿」では、大餓鬼やつるべ落としなどの大型畏哭に気を取られているうちに、屍肉侍がすり抜けて世代を攻撃します。
色目が地味で気付きにくいのです。偶然ではなくそれを狙った配色です。
身体が小さい割にはかたいし、ガード不可の攻撃もしてきます。
屍肉侍の罠を乗り越えると、次の夜明け前に出現するのは、五体面が同時に2体です。
そこそこかたいし2体なので宗一人では間に合わず、遠隔攻撃してくるので、これまた夜明け直前に世代の体力が尽きてしまいます。
うしおは最初、鍔一つで山裾宿やってたので何度やってもクリアできませんでしたね。
私はアイテムを拾い尽くしてキャラを強化するタイプですが、うしおは面倒だし緊張感がなくなるからあまりやりません。
「さすがに鍔一つじゃ、これ以上は進めないよ」といったん山裾宿を出て、アイテム回収をするように勧めました。
鍔を増やしたり村人強化して再チャレンジしましたが、それでも「山裾宿はワンミスも許されない」とクリアに苦労していました。
「考え抜かれた意地クソ悪さ」
「かなり鬼畜ゲーだけど、よくクリアできたね」
「プレイヤーが思いつくような対策は封じているので、開発するときにプレイデータを詳しく取って、念入りに対策を潰している」などと言っていました。
2周目にラスボスが出現。
これもアーケードゲームとして定番です。
宗呪はストリートファイター
うしおによると、「宗呪の体力があと一撃になると、数回攻撃が必要になる。
体力が瀕死になると防御力が上がるのは、格ゲーでよくある演出。見てる側が興奮するし、負けた方はギリギリ負けた悔しさでコイン投入する」
解説すると趣がないですね。
うしおの畏哭評
「全体的にはよくできたお話だが、屍肉侍だけは怨霊っぽさを感じる。怨みを買って襲われてるし、顔がたくさんついている」
うしおが好きな畏哭は仏法僧で、一番のお気に入りは筺かぶりだそうです。
「筺かぶりだけ明るいので、主人公側の仲間にしてほしい」とうしおが言っていました。
私は筺かぶり見たときは「ジェイムスン型」と呼んでました。
魔像「無欠」
宗が無敵になると、世代も無敵になります。
「無欠」ということは二人で一つということです。
おそろいにするところが、なんとなく百合。
「祇(くにつがみ):Path of the Goddess」の売上げが伸びなかった原因
売上げについては目標未達らしいという記事が見つかります。
最近は一周年記念の動画がファンに不評でした。
ライト層が少ない分、ファンの思いが熱いので公開する前に一度立ち止まってよく考えた方がよかったと思います。
趣がない
音楽やビジュアル面(田舎風景やキャラ、穢れデザイン、衣装)など、世界観は最高に良かったと思います。
私もドハマりして、山の神や、神楽、山村にまつわることを熱中して調べて、記事も量産しました。
攻略記事はそこそこ見つかるんですが、考察記事となると数件程度でしょう。
過剰なこだわりとバランスの悪さ
難読漢字
神社検定壱級合格者の私ですら「『神祇』で『あまつかみ・くにつかみ』って読むんだっけ?」と「神社のいろは要語集」で確認しているようなていたらくです。
普通の人というものは、常用漢字すらまともに読めないことも珍しくありません。
また、毛筆で書いた字は、現代の日本人にとって読みやすい字体ではありません。
古印体もほぼ読めないですが、かにさんのブログ
祇くにつがみ【ストーリー考察】Kunitsu-Gami: Path of the Goddess【theory】 | かにゲームログ
によるとゲームオーバー画面には「蝕穢」と書かれているそうで。「触穢」じゃないんですね。

英語版だとメニューや村人の名前など、筆文字で書かれたものはそのまま使用されています。
「陣形指揮」や「職業転向」は小さく英訳が書いてありますが、プレイしづらいと思います。

マップ画面も「鼓舞結界」「障壁」などは日本語のままです。
一般的なブロック体や明朝体なら、日本文化に詳しい外国人でも読めるかも知れませんが、毛筆で異体字や旧字体は難しいでしょう。
日本文化に興味を持っても調べにくいと思います。
ちなみに外国の方も御朱印帳を知ってる人が多いです。人気のある神社では、外国人も御朱印をもらうために列に並んでいます。
それなのに、英語版だと御朱印帳がただの英字フォントになっています。


せっかくの知名度がある御朱印帳なのにもったいないなあと思います。
クリアデータも日本語版は「浄化」なのに英語版は「completed Game Data」。情緒がない。
右上(英語版は中央)の朱印は村名になっています。
神座神社は丸印、大参道と霧竹村は角印、鳴沢大風穴は不定形でした。
読めなくても支障がないものは、これぐらい凝った篆書体でもよいでしょう。
「難易度選択可能にし、ストーリー次第で名作になれた」
最近のゲームって難易度イージー以下があったり、戦闘をAIに任せたりしてストーリーを楽しめるようになっています。
私が子供のとき、格ゲーにはコマンド入力が苦手な女子のために「女の子モード」というのがありました。
「Easy」じゃなくて「Beginner」だの、「Focus on story」だの言い方も気を遣ってます。
今では発売日早々、YouTubeでプレイ動画を見ることができます。
ストーリー部分のまとめ動画もありますし、「動画だけ見て肝腎のゲームは買わない」ということも珍しくありません。
「ゲームは自分でクリアしてこそ」というのは正論です。苦労してクリアしたらストーリーは味わい深くなります。
しかし、プレイ動画の視聴に客を取られるなら、「自力で頑張ってクリアしなくても、ストーリーが楽しめるモードを用意した方がマシ」というのも、また正しい結論だと思います。
ストーリーがない
村人のプロフィールや畏哭の絵馬を見る限り、「ストーリーを作れそうなのにもったいないなぁ」と思います。
宗や世代の衣装や、お面の設定など作り込まれているのに惜しい。
祖神の時代の経緯や、人々が畏哭になってしまった過程とか、作ろうと思えば面白い物語は制作可能でした。
くにつがみももう少し、「世代の繰り返し」であったり、山岳信仰や修験道で重要な「疑死再生」をゲームシステムやストーリーに落とし込めたらよかったんですけどね。
コンプラ的にできないストーリー
今まで奥歯にものが挟まったような書き方を続けていました。
ストーリーができないのは人材や予算の問題もありますが、作ってもコンプラ的にダメな可能性が高いんですよね。
これはもう山村を舞台にした時点で「ちょっと難しいよね」というところです。
「デトロイトビカムヒューマン」や「メタファー:リファンタジオ」のように差別をテーマにして売れた作品もあります。
デトロイトで差別されているのは近未来のアンドロイド。
メタファーでは架空の国の架空の種族です。
でも日本の山は現実にあって、そこに実在の人間が住んでいます。
また、穢れという概念は現代の神道でも重要なものですが、神道の「つみ」と犯罪や道徳の「罪」との混同もあり、また差別の原因になっていたのも事実です。
まとめ
うしお的には「インカム狙いの鬼畜ゲー」
・負けて悔しい作りなので家庭用ゲームとしてはイライラが募りやすい
・常にせかされるので世界観が楽しめない
・ハードゲーマーの言う「簡単だった」は当てにならない
・UIが使いづらい
・操作性が悪い
・ステージ、敵キャラクタの造形や行動パターンなどはよく練られている
・意地が悪い
・畏哭や村人の個性を生かしたストーリーがないので残念
ストーリーをきちんと作ってフルプライスで作り直してくれたら一番いいんですけどね。



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