拙訳
私が舞えば 美しい女が酔っていたことだ
私が舞えば 美しく輝く月が鳴り響いていたことよ
求婚するために、神が天上の世界から地上に降りて
[一夜を共にし]夜が明けると、[私も人形使いもどこにもいなくなって]鵺鳥はもの悲しく鳴く
遠い祖先の神様、恵みを賜りますように
遠い祖先の神様、ご照覧くださいませ
遠い祖先の神様、笑みを与えてくださいませ
物語と読み解く「謡ⅢReincarnation」
1~2行目。そもそも「吾(私)」とは誰を指すのでしょうか?
「美しい女が酔いしれる」のなら「吾」は男性と考えてしまいますよね。
アニメ映画版にはありませんが、原作漫画だと草薙少佐は高性能義体を生かして、同性相手に違法な「副業」をするという、なかなか刺激的な場面があります。
ハリウッド実写版では、女性を買ってキスするシーンにその名残があります。
美女を酔わせていたのは人形使いではなく、草薙少佐の方なのです。
二行目は、輝く月自身が「大声で騒ぐ」としていたのですが、「山とよむ(動物などの鳴き声が山に響き渡る)」という言い回しがあるので「響き渡る」にしました。
この「舞い」が草薙少佐のハッカーとしての能力の高さでしょう。
「地上にいる」美女も酔いしれ「天にある」月にまで響き渡るほど。
そして三行目で、ついに「天の」神からプロポーズされるに至ります。
流れからして月よりも上の神が天下ってくるはずです。
人形使いを太陽神アマテラスになぞらえているのかもしれません。
「よばひ」は、元々「呼び合う・呼び続ける」から「言い寄る・求婚する」という意味になりました。*6。
神とは、「人形使い」を指します。
人形使いは肉体を持たない凄腕のハッカー。情報の海から自然発生したプログラムであり、誰かに作られたものではありません。
日本神話の中の神は、葦の芽のように勢いよく伸びるものだったり、目鼻を洗ったら成ったりと神は自然発生しがち。
西洋では、世界や動物は神の作りたもうたものと考えます。
日本ではあまり馴染みがないのですが、進化論を信じないという信仰があります。
神が創ったものなんだから、長い年月をかけて生物が独自に進化したというのは受け入れがたいようです。
外国でエセ科学というとこちらがメジャーなんだそうで、子供に進化論を教えない親もいます*7。
「人間はいつ・何故生まれたのか?」
という問いに対して日本神話の中に答えはありません。
伊邪那岐命と伊邪那美命が男女の交わりで国土を産んだ際に、一緒に生まれていたのではないかということでした。
人間の誕生よりも、毛が硬い・柔らかい動物や大小の魚の方が記録に残す優先順位が高いんですね。
伊邪那岐命が黄泉の国から帰ってきた時点で「あなたの国の民を一日千人絞め殺しましょう」「一日に千五百の産屋を建てよう」といつの間にかいます。
さて、人形使いに話を戻しましょう。
彼が追い詰められて義体の中に逃げ込むあたりが「天下りて」でしょう。
肉体を持たないネットのプログラムである人形遣いが、義体とはいえ実体を持ったからです。
天降った神が結婚と言えば、天津日高日子番能邇邇芸命と木花之佐久夜毘売を外すことはできません。
ニニギノミコトはサクヤビメを見初め、その父親である山の神、大山津見神に娘との結婚を申し込みをします*8。
醜い姉・石長比売と姉妹セットで嫁いできたのですが、とても醜いので恐れて送り返したため、天つ御子の寿命は木の花のようにもろくはかなくなります*9。
醜くくて怖いとは、昔の人は遠慮がないものです。
人形使いは自分のコピーを残すことは出来ますが、そこに多様性はないので何かの理由で消滅するかもしれません。
そこで草薙素子に「融合」を持ちかけ、遺伝子の揺らぎや死を得ることが出来ました。
この草薙素子と人形使いの話は、大筋では日本神話の天孫降臨からサクヤビメを娶って、寿命が短くなるところまでのお話と幾分似ています。
鵺とは、いろいろな動物を寄せ集めたような、架空の動物です。トラツグミの場合もあります。
二人は一つとなり、人形使いも、少佐と呼ばれた女も存在しません。
人とも神ともつかない、正体の分からない存在「鵺」となり、誰かを恋うようにもの悲しく鳴きます。
古語辞典で調べた限りでは、歌詞の多くは万葉集から採用したようです。
手元に資料はないのですが、作曲者の川井 憲次氏は図書館に通ってこの歌詞を書いたと記憶しています。
鵺は不吉な予兆という説明が多いのですが、ものがなしい鳴き声なので「うら嘆く」「片恋」などの枕詞になるそうです。