真光やめたら幸せになりました

真光やめるほどじゃないけど、ちょっと疲れたな。そんなときは一息つきましょう。無理にやめなくてもいいんですよ。

アントニオ猪木は真光信者

真光組み手の皆さん、元信者の皆さん、元気ですかー!

2022年10月1日、アントニオ猪木さんが亡くなりました。

猪木さんが亡くなる直前の映像を拝見しました。
声を出すのもつらそうでしたが、話すうちに少しずつ元気が出たのか、最後にはアイスを召し上がるところを撮影させていました。

「人を驚かせたり喜ばせたりするのが根っから好きな、ショウマンなんだなぁ」と思いました。
人から見られると、何かスイッチが入るんでしょう。

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猪木氏のベッドサイドのテーブルには、ボトル入りガムが置いてありました。
口が動かせるように、人と話せるようにと、ガムで鍛えていたのではないでしょうか。

いろんな宗教に入っていた猪木

亡くなった際にはイスラム圏ではイスラム教徒「モハメッド・フセイン・イノキ」として紹介されたそうです。

ブラジルは真光の海外拠点

真光ってブラジルの信者が多かったですよね?
《ブラジル》崇教真光=サンジョアキンに陽光会館=日本以外で世界初の拠点=「幸せの種を蒔きましょう」 – ブラジル知るならニッケイ新聞WEB
2017年には、日本以外で初めて陽光会館が設立されたそうです。

猪木がブラジルにいたときに入信したとされていう説もありますが、
1960年、猪木はサンパウロ力道山と出会ってスカウトされ、同年に日本でデビューしています。

ちなみに猪木が新日本プロレスを設立したのが1972年。
1976年にはモハメド・アリ異種格闘技戦をしています。

このことから、猪木氏が真光に入信した時期を、ブラジルにいた1960年以前とするのは疑問があります。

サンパウロでは1973年12月に初の布教、翌74年に初の初級研修が行われているからです。

このことから、猪木氏が真光に入信した時期を、ブラジルにいた1960年以前とするのは疑問があります。

とはいえ真光信者だったのはファンには有名な話だそうで、ご本人のTwitterでも三代目教祖である岡田晃弥氏と一緒に撮った写真を掲載しています。

また「崇教真光 (現代のこころ)」(1987年)にもアントニオ猪木名義で寄稿しています。

崇教真光 (現代のこころ)」に寄稿した1987年以降なら確実と思われます。

入信することによって動員が見込めるというのもあったようですが、身の回りの方にも手かざしをしていたそうなので、おそらく本当に信仰していたのでしょう。


2005年の写真だそうです。
encount.press
この記事の中でも、真光の名前は出ていません。

プロレス実況と言えば古館氏ですが、彼も猪木から受けた手かざしにパワーを感じたそうです。
でもそれって、猪木氏だからじゃないですかね……
古舘 猪木の手かざしパワーに驚く「背中がしびれで渦巻いた…熱く」/芸能/デイリースポーツ online
実際には、手かざしを受けて「なんだかよくなったみたい」と気を遣う方もいたそうです。

なかなか、先輩後輩に気を遣う業界ですからね。

永久機関だとか、夢のあるいかにもうさんくさいものが大好きで、「詐欺師は夢を見せてくれるから好き」だと言う山師体質の方でした。

結論

手かざしで病気も別段治りませんので、不安なことがあれば病院に行きましょう。