真光やめたら幸せになりました

真光やめるほどじゃないけど、ちょっと疲れたな。そんなときは一息つきましょう。無理にやめなくてもいいんですよ。

雷鳴とともに届いた手紙

まだ真光で消耗してるの?(イケハヤ感)

前回はこちら。
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神社にお礼状を送ってから数日後のことです。正直返事はあまり期待していませんでした。
夕方、家に着く直前に何故か「お返事がきた!」と思い、郵便受けを確認したら空っぽで「なんだあ」とがっかりしました。

雷鳴

その夜は珍しく雷が鳴り響いていました。
翌日は職場のエアコンが古いせいか壊れてしまい、暑さでぐったりしました。暑くていらいらするせいかトラブルも起きました。
嫌な気分で過ごしていましたが、その日はうしおさんが家にいて「神社からお手紙が来ているよ」とメールしてくれました。手紙のおかげか部屋が清らかなオーラになったそうです。

うしおさんにその日の出来事を愚痴ると、「また返事が届くのを妨害したのかもね」と言いました。行きはともかく返信まで念入りに嫌がるとは。
みなさんも是非神仏にご加護をいただいたらお寺や神社にお礼状を送りましょう。真光が本当に嫌がることは批判より感謝ですよ。恨み言は喜ぶだけです。

開封の儀

帰宅してさっそく封を切ります。ずいぶんと教養高い日本語で読むのに頭を使いました。辞書や漢字辞典を引いても意味の分からない単語まであるのです。毛筆でしたためられ、書き慣れている印象を受けました。歴史書と神話のおへそ日本書紀は日本語が難しいのですが、普段から古いものに親しんでる人たちは現代人と語彙がだいぶ違うのですね。

私が送った手紙よりも礼儀正しい文面の返事で恐縮しました。
あまり踏み込んだ話はなく、「神様のおかげがあってよかったですね」という主旨でした。神職ならではの勘で正体をズバリ当ててくれたりするのかな? と期待してる部分があったんですよね。

神道は答えを教えてくれないのです。この返事もおみくじと同じように自分で意味を読みとらないといけません。正解を当てるのではなく考えることが大事なのです。
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神様からご加護をいただいてこちらが感謝してるのに、何故か「ご祭神様も喜んでるでしょう」とありました。
思うに、願掛けのときは真剣にお参りする人はいくらでもいると思うのですが、きちんとお礼の奉告(報告)をする人はあまりいないのではないでしょうか? 借金の申し込みみたいなものですね。

人間すぐに慣れてありがたみを感じなくなるものです。特別にお願い事をして叶ったときですら、きちんとお礼を言いません。「人間は秒速でつけあがる」ものなのです*1

雷は神鳴りとも言います。
うしおさんが「返事が届くから一緒に雷が来たんじゃないかな? あの雷は怒ってる感じがしなかったし、本当にご祭神様がお喜びだったんじゃないかな」と言っていました。

お礼のおまけ

手紙が届いた日には、神様の影響を感じさせることがありました。
成り行きで車の点検をしたところ不具合が見つかり、気づかなければ大事になるかもしれないところでした。
普段はスーパーに並ばない食材がありました。毎年初物をその神様にお供えしているもので、地元では有名です。

土地の歴史や神話や御利益を把握しているからこそ「あの神様のおかげだな」と気づくことができました。

最近気づきましたが、神様はお礼を言うと何故かおまけをくれます。もちろんおまけを期待してお礼参りに行ったわけではありませんので、無欲なのがよかったのかもしれません。
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逆に言うと今まではおかげを頂いてもきちんとお礼を言ってなかったということですね。

今手元にあるものに感謝していますか?
当たり前だと思いこんでいるものは、本当は当たり前ではないのです。