真光やめたら幸せになりました

真光抜けて十数年経ってようやく洗脳が解けました。

教えて神様

御利益

以前黒い車に追いかけられたときに神様に助けていただいたことがあります。
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先日出かけた際に神社の近くの店で買い物をしようと思い立ちました。後から考えると別に急ぐような用事でもなかったんですけどね。

お店にはちゃんと駐車場があるのに何故かそのことを忘れており、すぐ近くの神社の駐車場に停めようと思いました。
「せっかく近くまで来たけど時間がないからお参りができないな。この間のお礼もまだ言ってないのに……」
と、ちょっと悲しい気持ちになりました。

その日はたまたまお祭りがあり、駐車場は満杯でした。よく見ると案内板に第二駐車場ありと書いてあります。案内通りに坂道をどんどん上って第二駐車場まで行くとそこは本殿がすぐ隣です。大きな神社なので参道から拝殿までの階段がかなり長くてつらいのですが、登る手間が省けました。

「これはもう、『おいで』ってことだね」
とうしおさんと笑いました。

そのとき仕事で抱える問題がありまして、都合よくこの神社の御利益と合致していました。前回のときもそうですが、問題が起こる前やその最中に御利益がある寺社に行くことになることが多いです。
交通事故になりそうなときに、前もって交通安全の神様に参拝するなどとピンポイントすぎるにもほどがあります。こんな感じでいつも事前ブロックしていただくことが多いので、真光の攻撃はそんなに怖くありません。

巫女舞

参拝するときに、たまたま何かのご祈祷をしているようでした。
神主さんが独特の節で祝詞か何かを唱えていますがよく聞き取れません。太鼓が響き鈴の音が場を清め祓います。巫女さんがゆらゆらと舞うような動きをしています。

悲しくもないのになぜか涙があふれてきす。しばらくその場に立ち尽くして神事の様子をずっと眺めていました。
時は春、学童の安全祈願の季節。それは親が子を思う愛の姿でした。
私がここに呼ばれたのはこの美しい光景を見るためでしょう。

参拝した後は少し予想外のことがあり、私が抱える問題について考えるよいきっかけになりました。

いろいろと事態が好転し、神様のご加護だなあ、呼ばれたなあということよくがあります。

神様に質問

後日、用事があったのでまたついでにその神社行きました。
事前にこの神社のことを調べておいて、「この神様にお聞きするのが一番だろう」と判断したからです。
手段はもちろんおみくじ。今までの経験から、参拝するときに具体的に悩みをお話ししてからおみくじを引くと的確な返事が返ってくるのを知っているからです。
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*1

あることについて「やるべきか、やらざるべきか」を聞いてみて、それからおみくじを引きました。その返事は、さっぱり分からないものだったので戸惑いました。

 憂(う)さも、つらさも腹立たしさも、心ひとつのおきどころ
大空にすむ月の光(かげ)も、見る人々の心によって、楽しくも、悲しくも、腹立たしくも眺められる。自分の身辺に起こる凡(すべ)ての事柄の中に神様の有難い御教(みおし)え、忝(かたじけな)いみさとしを味わって、感謝の気持ちで眺めれば、身も心もほがらかに、禍いも自ずから転じて幸(さいわい)となって来る。

神様は「Yes」「No」ではお答えいただけないものです。答えそのものを欲しがってはダメで、やっぱり自分で考えなさいということなのです。
うしおさんは「そうかな? かなり分かりやすいよ。この神様の人柄も出てるし、深くていい言葉だよ」と言って意味を解説してくれました。

*1:ちなみに神社検定の勉強を始めてから引いたおみくじは「甘えを捨てよ」「雑念多し集中せよ」などと4回連続で学問の項目が厳しかったです。