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真光やめたら幸せになりました

真光抜けて十数年経ってようやく洗脳が解けました。

急病につけいる真光:医療否定

急病

私は基本的に健康なのですが、珍しく重病になりました。

その日は症状がひどいのに会社も早退しませんでした。無理をしているつもりはないのですが、健康が逆に災いして労ったり休んだりする習慣がないのです。医療否定で育ったせいもあります。

夜中の痛苦にあえぐ私に、うしおさんが何度も「救急車を呼ぼう」というのを頑固に拒否し続けました。今思えばあれは真光の医療否定ですね。
「医者に行かない、救急車も呼ばない」と言いながらのたうち回る私にうしおさんは困り果ててしまいました。
激痛に窮してついに救急車を呼んだときには、専門病院の受付が終わっていました。あと10分早ければ間に合ったのにというところでした。
「専門科ではないので診察はできない。痛み止めの処方だけになると思うがよいか」と確認されてから救急車をお願いしました。

「こんなことで救急車を呼んでいいのかな」という申し訳ない気持ちで乗りました。救急隊員さんたちは優しく接してくれて、大丈夫ですよと声をかけてくれました。きびきびと働く彼らを見て感謝の思いがあふれ、感極まって泣いてしまいました。24時間体制で夜勤も急な呼び出しもいとわずに働いてくれる人たちのなんと尊いことでしょう。

病院では担当の科の先生はおらず、話は聞いてくれましたが痛み止めだけの処方でした。それでも医者に何かしてもらうと心が安らぐものです。
苦しみが深かった分、医者のありがたみが分かると同時に、どうしようもなくなってエセ医学にたどり着く人の気持ちも少しばかり分かったような気がします。おぼれるものは藁をもつかむ。

真光との闘い

(こんなに弱ったときにはきっと真光がつけいるだろう。こんな大きな隙を見逃すはずがない)
額がムズムズしたり身体が重くなったりしました。単なる病気の苦しみだけではなかったように思います。
病気との苦闘に耐えかねて、「もうダメだ」「一生このままかもしれない」などと悪い考えばかりが思い浮かびました。

うしおさんの献身的な看病にも感謝ができませんでした。身体が思うように動かせずにイライラして、ヒステリックな態度を取りました。普通なら大喧嘩になるはずですが、うしおさんの器が大きいおかげでそうはなりませんでした。うしおさんも当たり散らされて何も思わないわけではありませんが、「一番つらいのはtenさんなんだから」と受け入れてくれました。

何度もいろんな病院に行きました。医者にかかると安心していったん症状が落ち着くのですが、時間が経つとまた悪くなります。
このときはもうひたすら真剣に神棚に祈りました。今までで一番まじめに拝んだものです。

うしおさんとLINEで相談して、ぎりぎり間に合ったので専門科の病院に行きました。処置を受けて家に戻ると、水を飲むのもつらかったのに栄養ゼリーなどが飲めるようになり、一気に回復しました。
大好きなカフェオレを自分で入れることもできました。数日ぶりに人間らしいものを食べられるようになりました。
普通に生きて、食事が取れるというのはありがたいことですね。

真光に戻れ

一方私が病院に行く直前、うしおさんは大変なことになっていました。
「tenさんを(真光信者の)実家に連れてこい」「手かざしすればすぐ治る」という声がすごくて発狂しそうだったそうです。「(狂信者の)妹の顔や真光式の仏壇が見えて、目眩がして尻餅をついた」そうです。
「ああこれは病院に行かせないようにしているんだ」とうしおさんは判断して、私に病院に行くように知らせてきました。

信者の母のことは私の頭にもよぎりましたが、「絶対手かざしで悪化するからやめておこう」とすぐにその考えを捨てました。なのでうしおさんに訴えかけたようです。うしおさんの言うことは素直に聞きますからね。

この声に従って実家――つまり真光の領域に行けば取り返しのつかないことになっていたと思います。
単に悪化するのではなく、むしろ快方に向かった可能性すらあります。ええ、「治って」しまうんですよ。書き間違いではありません。このときは治るんです。
だって真光のこと信じてしまいますよね、そんなことになったら。
実家に入り浸り、窮地をすくった真光に恩義を感じ、母から手かざしを受けるようになるでしょう。いつかは再入信するかもしれません。
……洗脳が完了したらあとは搾取の始まりです。

批判サイトでは「手かざしに気のせい以上の効果はなく、ただのインチキだ」ということしか書かれていないことがあります。
何も効果がない、つまり良くも悪くもならないので害はないというわけです。

真光の神が望むもの

しかし私は手かざしが霊的に有害であると主張します。真光に神はいないのではなく、悪い神がいます。医療否定で病気を悪化させ、長引かせ、痛みと苦しみを増幅して深く味わわせ、金銭と時間と心身の健康、ときには命さえ奪う。
それが真光の望むものです。