真光やめたら幸せになりました

真光抜けて十数年経ってようやく洗脳が解けました。

黒い車にあおられた

近場に出かけるときにも、行き先の神社にお参りするようにしています。
ネットで事前に調べた神社に行くと交通安全の神様と書いてありました。交通安全のお守りはどこでも授けてくださいますし、車のお祓いもしてくれますが、「交通安全の神」とうたっている神社は初めてでした。

清浄な空気に癒され、茅か何かでできた大きな輪っかもくぐりました。神主さんにお伊勢参りしたことを話すと「いいですねえ」とうらやましそうに言われました。

ひとしきり遊び終わった帰り道、五時に閉まるお店で買い物をして帰路に就きました。何度も通って慣れた山道に太陽は傾き始めて薄暗くなりはじめています。
逢魔時だなあと思いました。昼と夜の境目が混じり合う不安定な時間帯です。

信号のない一本道が何キロも続いており、車が多い道ではありませんが、飛ばす人はときどきいます。
うしおさんが、「神様がいっぱい祀られているねえ」と言いました。

うしおさんは私を乗せて運転するときには必ず安全運転です。元々スピードを出す人ではないのでよく車間を詰めて煽られるタイプ。
そんなうしおさんが妙~に速度を出してびゅんびゅんと走るのです。いつもよりは遅い時間の出立でしたが日暮れにまだ早く、急いで帰るような用事もありません。

そして唐突にブレーキを踏んで、やや乱暴に道の横の駐車場に入りました。
山道はときどき道の幅が広くなっており、止まって道を譲りやすいようにできています。ここはきちんと縁石の「境目」があって明確に設けられた駐車場でした。

煽られたのだろうと思いながら、私はうしおさんに「どうしたの?」と聞きました。
「後ろから黒い車がすごいスピードで煽ってくるからよけた」
と予想通りの答えが返ってきました。
「……ぜんぜん追い抜いていかないよ?」
私たちの前方には車が一台もいません。あれっと振り返ると、黒い車なんかありませんでした。はるか後ろに違う色の車が二三台見えます。

見落とすことはあり得ません。

一本道で、私のいる助手席側は山肌で、右手は田んぼばかりで民家はほとんどなく、視界は開けています。隠れられるところなんかどこにもあるはずがないのです。

それにうしおさんはかなりのスピードを出していました。つまりそれくらい車間を詰められていたはずです。そこで急にブレーキを踏んだのならぶつかってるはずです。

「もう安全だよ。通り過ぎたと思う」
釈然としないまま再び走り出しました。

寝る前に思い出し、改めて「あれはおかしかったよね」と振り返りました。
うしおさんとしては追いかけられて、必死でスピードを出して逃げ切ろうとしていた感覚があったそうです。

夕暮れになる時間じゃないのに「空が真っ赤だった」とうしおさんは言います。私が見たのは白んだ青灰色の空であって、赤みなんかありませんでした。夕焼けがでるのは六時過ぎのはずです。

自分で運転するときは、詰められると後続車の敵意というかイライラ感が伝わるときがあるのですが、あのときは感じませんでした。助手席だったのでここは明確にどうこう言えません。

「なんか異次元とうっかり出会った感じがする。異世界に迷い込む人の話の逆で、別の世界の人がこちらに入り込んで出会ってしまったような。あれは危険じゃないよ」
うしおさんの「危険じゃない」の定義はちょっと普通の意味とは違うんですよね。前みたいに「殺意はあるが(人の命を奪うことを悪いことだという認識がないので)敵意はない」的な感じだろうなと思いました。

「車の気配はあったけど運転手の気配はなかった。フロントガラスまで真っ黒なフルスモーク貼ってて中が見えなかった」
「フロントにそんなの貼らないよ。黒い車って霊柩車みたいなやつ?」
と聞くとそうではないと否定しました。

人間の気配がしないお話。
うしおさんは当時のことがいまいちはっきりと思い出せず、最初は「危険じゃないよ」と言っていましたが話していくうちに「追われていたから逃げた」とやっぱりアレやばいじゃんという流れになりました。

山には何かいます。


そして唐突に私は、何故その日の朝にお参りした神社が交通安全の神様だったのか理解しました。前もって神様が行かせてくださったのです。

出たよ! 勝手に発動するオートガード!

「多分ああいうので事故る人がいるんだよ。たまにあるでしょ? 見通しのいい道路なのになんてこんなところでっていう道で事故ったり、いつもは安全運転な人が猛スピードを出したりしてさ」

怖くなって眠れなくなり、何度か神棚に祈った後にうしおさんの助言でご朱印帳を枕元に置くことにしました。なんとなく今日いただいたご朱印を開いて見ると、安心しました。

御朱印帳を開けた瞬間にふわっと空気が変わって清浄になったよ。ここは安全。車内と同じ環境を再現したから、きっと安心して眠れるよ」
氏神様の肌守りを握りしめてやっと眠りに落ちました。

みなさんもなんだか知らないうちに、危険にニアミスしているかもしれません。そして気づくこともなく助けられていることでしょう。
神仏やご先祖様に感謝しましょう。意識することはなくても守ってくださっています。