真光やめたら幸せになりました

真光抜けて十数年経ってようやく洗脳が解けました。

真光が避けているもの:現代医療

真光が避けているものとして、魔を祓うものとされるものや縁起のいいものを取り上げました。榊や豆まき、門松などですね。
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ほかにも避けているものがいろいろありますね。

真光の教義の特徴は、現代医療の否定です。薬や手術などの治療を信者から遠ざけます*1
「寝を楽しむ」と言うのでしたっけ? 落ち着いて考えたら苦しみを長引かせてるだけなんですよね。

床に長く伏せては仕事や勉強にも大きな穴をあけてしまいます。軽い病気でも長く休み、しかも病院に行かなかったなんてことが分かったらどう思われますか?
「治す気がないんだ」、「責任感がなくていい加減な奴だ」と思われます。

「福祉や医療で苦しみを止めたらミソギにならない」

と真光は言います。

もう本音がダダ漏れではありませんか。
要するに「苦しみなさい」というのが真光の意図なんです。真光は病気治しや奇跡で人を集めておいて本音は「不幸になれ」なのです。

病院で治療を受ければ数日で治る病気も、「無駄に」長引かせる。もっと症状が楽になるはずなのに苦しませる。
早期発見早期治療すれば天寿をまっとうできるはずだったのに、「罪が消えない」と脅し、病院に行かせないことで早死にさせる。

救急車を呼ぶべき場面で道場の人に許可を取るような奇異な行動を取ってしまう。保護責任者遺棄という倫理的にも法律的にもアウトな行動を取らせてしまうくらいに強い洗脳です。
真光の教義に反することは大切な人の命を失うことより怖いのですよ。

そもそも病院すら行かずに、救急車すら呼ばずに「助かるかどうかは神様にお任せ」というのは、神様に対して大変な失礼行為ではありませんか?

極端な言い方をすると「ゴムなしでバンジージャンプしますが信者だから必ず奇跡が起きて助かるはずです」のような主張です。神様からすればそんな横着なことを言われても「知らんがな」ではないでしょうか。

人事を尽くして天命を待つ

人間は人間の領域で、人間のできることを尽くす。
そのあとは神様に運命を任せるのが正しいと思います。

*1:薬事法に引っかからないように、手かざしと医療を十字に組むと改められました。現在はさらに軟化している模様

母の洗脳が解けるかも?

先日偶然ばったり母に出会ってしまい、仕方なく実家で夕食を食べることにしました。勝手に手かざししてくるのではないかひやひやしながら。

狂信者の妹はサイコパスなのですが、最近になってようやく母はその本性にうっすらと気づき始めたようです。母にとって腹を痛めて生んだわが子ですから、情がない人間というのは想像ができないのでしょう。
昔から妹は親を親とも思わない態度で今も母を顎でこき使っています。

余談ですが、真光信者って末端のいい人とそれを食い物にする人間に二分してる気がしますね。後者はある程度地位が上の人に多い印象です。

さて、母親への情を人質に取られ、会えば真光の罠にかかってしまうのが現状なので警戒していました。
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妹のことをきっかけに、母は真光に対して不信を感じているように見えました。

真光をやめて以来、母とは真光の話をしたことはありません。
今までは手かざししたものを食べさせようとしたり、明確に口には出さなくても真光に戻ってきて欲しいと思っているのは明らかでした。

母との食事から帰ってきても体調は悪くなりませんでした。むしろ「何も悪いことがないから変だな」と思ったくらいです。おみたまをつけてる人間と合うと体調不良になるのを覚悟しないといけないくらいなのに。
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むしろあのときオミタマをつけてなかったのかと思ったくらいです。

母を救えるのかもしれない。

一番読まれている記事

最初の頃は、恵珠さんの訃報記事が一番読まれていました。

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現在では最も読まれているのは、真光やめたい人向けの記事ですね。

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トップページを除外するとダントツの一位。
これからも「真光やめたいなぁ」という方が自分の足で一歩を踏み出せるようにお手伝いができればなと思います。

カルトは思考力を奪う

うしおさんは神道で育ちました。
神道は自由すぎてつかみどころのない宗教です。神話はありますが文字になった教え(教典)はあんまりありません。

仏教の教えの本は小さな本屋にもありますが、神道の本を探しても数も少ないですし、有名な神社の由来やご利益、お作法くらいしか書いてないです。教えが書いてあるのはおみくじの裏だけ。

うしおさんの説明だと、神道は心のあり方や生き方についての教えだそうです。
神道は自由。つまり「自分で考えなさい」ということです。「好きにしなさい。でもお天道様はいつも見てるよ」という世界観です。

「カルトは思考力を奪う」ということは知っていたのですが、自分もそうなんだという認識がまったくありませんでした。カルトに慣れ親しんでいた私は、自分で考えるということ自体がよく分かりませんでした。

うしおさんは私に辛抱強く問いかけ続けました。
「どう思う?」「どこに行きたい?」「何が食べたい?」「どっちが好き?」「やめとく?」「明日にする?」「何がほしい?」「何が見たい?」「ねぇ、どうしたい?」
「分からない、分からないよ」と答える時期が長く続きました。

真光をやめても、ずうっと私は思考停止し続けていたのです。

何を望んでいるのか、何を考えているのか、どうなりたいのか、考えようとすると暗闇に覆われます。今は楽しいのか、悲しいのか、怒っているのか、嬉しいのか、自分の感情さえ分かりませんでした。私は私のことを知らないし分からないのです。
信じるものもないまま、何から何までうしおさんに依存した生活していました。
二人で過ごせる時間が少ないと、精神的に不安定になって迷走し、更に負担をかけるありさまでした。

今も一緒に過ごせないことが多いのですが、やるべきことやしたいことを自分で見つけて、計画を立てたり実行できるようになりました。
解決に至った原因はいろいろありますが、うしおさんの愛と根気強さは一番大きな要素です。
自分の頭で考えられなかった私に、少しずつでも考えさせようと、うしおさんはそこまで計算して問い続けました。
「どうしたい?」と。

おまけ:うしおさんの言葉。
「自分の人生は自分で考えて行動するもの。他人から与えられたものは他人の人生でしかない」
「カルトは何をしたらいいのか、どう考えたらいいのか、何もかも与えてくれるから楽ちんだよ。そんなのは人間のことをバカにしている」
「でも、それは需要と供給だよ。考えたくない人はカルトにはまるの」

おすすめのバラエティ番組

NHK総合で毎週月曜夜7時30分から放送している鶴瓶の家族に乾杯という旅バラエティがおすすめです。
鶴瓶とゲストの二人で地方都市を巡る番組。筋書きなしの「ぶっつけ本番」という企画は鶴瓶さんの人柄のよさを抜きにして成立しません。

何故いい人としか出会わないのかというと簡単で、釣瓶さんの人格がよいからです。彼は番組中にスタッフにおごったり、「スタッフにあげてもいいですか?」とお裾分けをしたりしています。

ゲストに大河ドラマなどで歴史に実在した人物を演じる俳優が来ることがあります。もちろんその人にゆかりのある土地を訪れるのですが、何も知らずにたまたま訪れた場所が、菩提寺や関係のある史跡だったり、人に出会ったりしています。

おんな城主直虎の主役を演じる柴崎コウさんも、偶然声をかけてきた男性が彫刻家で直虎の像を造っている方でした。こんなことが時々あって「呼ばれたんだなあ」と思いました。

私は鶴瓶さんの人間性のおかげだと思っているのですが、この番組ではゲストの性格がよく分かります。哀川翔さんもVシネの印象で怖そうに見えますが、見た目を裏切る純粋な人でびっくりしました。すぐに感動するしカブトムシが大好きで、少年のようです。
柴崎コウさんもバリキャリのイメージでした。彼女は思ったことを何でも口してしまい、無邪気ですぐに半泣きになってしまい、思わず周りが世話を焼きたくなってしまうタイプでした。

ゲストも旅先で出会う方々がすべてがいい人なんです。あたりさわりのない感じではなく、本当に人がいい。

ラウンジのママさんが出たときは、従業員の女性たちが鶴瓶に会おうと子供を連れて職場にかけつけました。ここから分かることは従業員と家族ぐるみのおつきあいをしているということです。スタッフを大事にしてそうだなと思いました。
ボーイもさわやかな好青年です。店内は広く、すっきりときれい。女性たちの変身後もきれいめスーツのような感じで上品でした。ここから客筋のよさがわかります。

他にもパートの女性が主体的に働くみかん農家なども訪れました。息子に家業を継がせたら、売り上げが伸びて従業員が三倍に増えたそうです。
引きがいいとしか言いようがありません。

鶴瓶さんがたまたま訪れた日が、出会った人の旦那さんの命日だったということが何回かあります。時に励ますこともあり、旦那さんに呼ばれたんだねと思いました。
勘で鶴瓶さんが突然島に渡ったら古い知り合いがいたなど、不思議なことがときどき起こります。ウナギ料理店に訪れたときも、以前に彼が訪れたことのあるウナギ問屋から仕入れていたという巡り合わせもありました。

鶴瓶さんはよく「人のご縁やなあ」と言います。哀川翔さんが何回も「これって仕込みなんですか?」と何度も確認したくらいに不思議と縁がつながります。

真光にいると人の温かみや人柄のよさというものが何なのか分からなくなってしまっています。
鶴瓶の家族に乾杯を見て、いい人たちの心根に触れてみてください。

幸せの定義

真光では幸せを「健・和・富」と定義しています。健康と人間関係とお金という意味です。

健……医療否定で悪化、早死に。
和……宗教が原因で夫婦、親子、家族が対立。
富……月々500円で済むと思ったら大間違い。何かとお礼を強要。

「健・和・富」とは「この宗教に入ったら与えられますよ」という意味ではなく、「これから奪いますよ」という宣言です。

そもそも幸せの定義を勝手に決めるなんて変だと思いませんか? 病気や障害があったって、お金がなくたって、幸せだと感じる瞬間はあるはずです。発展途上国の人間はすべて不幸なのでしょうか? 子供のいない人や結婚していない人はすべて不幸なのでしょうか? 上司と馬が合わなかったら仕事にやりがいを感じていても不幸な「だけ」ですか?

他人に不幸だと決めつけられる筋合いはありません。自分の幸せも自分で決めましょう。

真光やめたら祟りがあるの?

ありません。
あったとしても、真光を続ける方が百万倍不幸です。

真光から攻撃を受けた話をちまちまと書いているので、「真光やめたら罰が当たるの?」とか、「こんなオカルトじみた人生を送るハメになるの?」などと思った方もいるのではないでしょうか?

まず最初に、オカルト事件は基本的に真光とは関係ありません。
山の神事件で変に霊感がついてしまったせいで何かと気づきやすくなったり巻き込まれがちになっただけなのです。この辺は私とうしおさんの特殊な事情といえます。
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ただ真光と戦うのにうしおさんの霊感はものすごく役に立つというメリットがあります。ちょっとしたオカルト事件に遭う(救済処置あり)というデメリットと比較しても、トータルでは圧倒的なプラスです。

「真光に批判的なことを書いたら怖いことになりそう」と恐れている人は遠慮なくこのブログのコメント欄に書き込んでください。よそ様のサイトですが真光被害者の会の掲示板に書いてもいいと思います。

さて本題の真光の祟りについてお話ししましょう。
時系列で言うと、オミタマを返納した後は何もありませんでした。
やめた直後の時期にたまたま不幸が起こると、そこに真光はつけ込んできて「真光から離れたせいだ」と思いこませます。いざやめてみると最初は強気でもちょっとしたことで不安になってしまうものです。

人間は恐怖には耐えられても、得体の知れない不安にさらされ続けるのは耐えきれないものです。やめる前後に神社やお寺でお祓いをしたり、お守りをいただいてきましょう。清め塩は役に立ちます。

気持ちの問題なので、心が安らぐようにするのが肝心です。「祟りかもしれない」と恐れることでつけいる隙が生まれるからです。恐怖に襲われたときに神棚や仏壇に祈ったり、お守りを握りしめれば安心ができます。

真光の洗脳が解けてから手かざしの有害さに気づきました。
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真光を本当の意味でやめられたから、ようやく真光がどれだけヤバいか気づいたというのが正しい言い方です。

真光漬けになってたら手かざしを受けたり施したり、手かざし済みの食べ物を食べたり、恐ろしいことだらけです。
不幸になって当たり前だよ!
私は真光やめても手かざし済みの米を食べていましたから、気分は暗いし理由もなく悲しくなるし、頭の中が黒い霧でもやもやと覆われていた感じでしたね。

今は明るく楽しく暮らしてますし、最近はいい人にばかり出会いますし、運気がぐんぐん上昇してます。

繰り返しますが、真光漬けのままでは今の自分がかなり不幸な状態にあることに気づくことすらできません。もし仮に、脱会後にオカルト体験や不幸現象が起きたとしても、現役の真光信者を続ける不幸に比べればほんの些細なことです。誤差の範囲ですよ。

本当の正しい神は自ら選び取るものであり、恐怖で縛り付けるようなものではありません。あなたが脱会後に起きる不幸について怯えているという事実そのものが、真光は邪教だという何よりの証拠です。